2026年3月28日 / 最終更新日 : 2026年4月4日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【442】村上勘兵衛翁之碑(尾道市因島重井町一本松) 村上勘兵衛翁之碑(因島重井町一本松) 前回紹介した重井町一本松の重井村四国の碑の反対側に「因島除虫菊の父村上勘兵衛翁之碑」がある。 「因島除虫菊の父」と言っても、勘兵衛さんが因島で最初に除虫菊を栽培した訳ではないし、重井 […]
2026年3月21日 / 最終更新日 : 2026年3月29日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【441】重井村四国八十八ヶ所の碑 重井村四国八十八ヶ所の碑(因島重井町一本松) 紙に書かれたものを保存するのには骨が折れるが、石に刻まれた文字は、特別の場合を除いて、永く伝えられてきた。しかし、長い年月を経るうちに風化されたりして意味がわからなくなること […]
2026年3月7日 / 最終更新日 : 2026年3月15日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【440】小学校史⑳二宮金次郎像 小学校史⑳二宮金次郎像 修身と言えば二宮金次郎を思い出す人は多い。そしてそれは国民学校になる以前の尋常小学校の時代から修身の教科書に登場している。修身の教科書に登場する人物は多いが戦前の教育を受けていない人でも、そのこと […]
2026年2月28日 / 最終更新日 : 2026年3月7日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【439】小学校史⑲国民学校修身 小学校史⑲国民学校修身 昭和100年ということは戦後80年ということで、既にそれ以上の月日が経過したのだから、修身という言葉も過去の歴史的用語以上のものではなくなった。それが国民学校の教科・国民科の中に前回の国史同様、科 […]
2026年2月21日 / 最終更新日 : 2026年2月28日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【438】小学校史⑱国民学校国史 小学校史⑱国民学校国史 戦後否定された小学校教育に国史と修身がある。まず、その国史について見てみよう。431回で示した国民学校の教科科目で見ると教科・国民科の中の科目として、修身、国語、地理と共に国史がある。(図) 国民 […]
2026年2月14日 / 最終更新日 : 2026年2月28日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【437】小学校史⑰奉安殿・奉安庫 小学校史⑰奉安殿・奉安庫 戦前の小学校の児童の登校風景の中に小さな建物の前で丁寧にお辞儀をしている姿がある。奉安殿である。 奉安殿とは一般に天皇・皇后両陛下の御真影(写真)を納めた建物だと説明されている。重井国民学校では […]
2026年2月7日 / 最終更新日 : 2026年2月15日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【436】小学校史⑯理数科理科 小学校史⑯理数科理科 国民学校時代の理科については、すでに述べた教科・科目の構成では、教科・理数科ということになっている。理数科の目標は、国民学校令施行規則の第二節第七条に示されている。 それには 「理数科は通常の事物現 […]
2026年1月31日 / 最終更新日 : 2026年2月14日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【435】小学校史⑮郷土の観察 小学校史⑮郷土の観察 国民学校の特色が国民学校以前からあったものだということは前回の奉仕活動の例を見てもわかる。 郷土史学習が国民学校になって急に始まったわけではないと思うが、今回取り上げる「郷土の観察」は初等科4年に行 […]
2026年1月24日 / 最終更新日 : 2026年2月14日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【434】小学校史⑭勤労奉仕 小学校史⑭勤労奉仕 国民学校時代の特色として勤労奉仕がある。これは「国民学校令施行規則」第一条七の「家庭及社会との連絡を緊密にし、児童の教育を全からしむるに努むべし」の実践と言うよりも、昭和13年の国家総動員法や、昭和1 […]
2026年1月17日 / 最終更新日 : 2026年2月14日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【433】小学校史⑬教育勅語 小学校史⑬教育勅語 国民学校の特色として教科の他に、儀式・行事が重視されたことがある。これは国民学校令施行規則第一章第一節第一条の六に「儀式、学校行事等ヲ重ンジ之ヲ教科ト併セ一体トシテ教育ノ実ヲ挙グルニ力ムベシ」と定めら […]
2026年1月10日 / 最終更新日 : 2026年2月14日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【432】小学校史⑫国民科 小学校史⑫国民科 国民学校の最も大きな特徴である国民科について見てみよう。国民科というのは「教科」の名前であり、他に、理数科、体練科、芸能科、実業科(高等科のみ)があった。その教科・国民科は修身、国語、国史、地理の科目か […]
2025年12月13日 / 最終更新日 : 2025年12月26日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【431】小学校史⑪国民学校 小学校史⑪国民学校 明治国家によって始められた初等教育は尋常小学校(6年の義務教育)と尋常高等小学校(2年)で、制度としては完成された。 それは昭和12年7月の日華事変以降急速に拡大する戦時色の中で昭和16年3月1日発令 […]
2025年12月6日 / 最終更新日 : 2025年12月14日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【430】小学校史⑩中庄村・三浦村 小学校史⑩中庄村・三浦村 残った中庄村、外浦村、鏡浦村、椋浦村について見てみよう。『中庄村史』と『椋浦学校史』から関連のところを書き出す。なお、外浦村、鏡浦村、椋浦村は明治22年に合併して三浦村となる。昭和23年に三浦村 […]
2025年11月29日 / 最終更新日 : 2025年12月6日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【429】小学校史⑨三庄小学校・田熊小学校 小学校史⑨三庄小学校・田熊小学校 三庄村では、明治8年8月1日に「六行舎」を創立した。名称、所在地とも数度変更ののち、明治19年4月「広島県御調郡小学校区公立三庄小学校」とした。翌年4月には「広島県御調郡三庄村立三庄尋常 […]
2025年11月22日 / 最終更新日 : 2025年11月30日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【428】小学校史⑧土生小学校 小学校史⑦大浜小学校 土生村では明治6年3月1日に對潮院に「土生学校」が創立された。翌年土生町字中畝に移転され明治12年「土生小学校」と改称された。明治20年に「土生簡易小学校」(3ケ年)と改称され、翌年「土生尋常小学校 […]
2025年11月15日 / 最終更新日 : 2025年11月24日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【426】小学校史⑦大浜小学校 小学校史⑦大浜小学校 大浜村では、明治6年酒井教蔵宅に「養生舎」が設置された。明治8年「養生舎」を「大浜小学校」と改称、校舎を見性寺に置いた。明治15年酒井教蔵宅地を購入して、校舎を見性寺から移した。また、学校の資格を初 […]
2025年11月8日 / 最終更新日 : 2025年11月17日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【426】小学校史⑥尋常小学校 小学校史⑥尋常小学校 戦前の小学校の名称としては国民学校とか尋常小学校と呼ばれるものが一般的である。その尋常小学校も時代と共に制度がころころと変わるので実態が理解しにくい。 明治19年の小学校令で、それぞれ修業年数4年の […]
2025年11月1日 / 最終更新日 : 2025年12月2日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【425】小学校史⑤教育令・改正教育令 小学校史⑤教育令・改正教育令 記録者が混乱するほどであるから、分かりにくい制度であったのは確かである。 それでも重井村の場合には、明治8年8月振徳学舎を重井小学校と改称し、信誠舎(大師堂)を分教場と位置づけ、同時に細島に […]
2025年10月18日 / 最終更新日 : 2025年10月28日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【424】小学校史④その他の村々 小学校史④その他の村々 明治5年8月に公布された「学制」は、明治12年9月に「教育令」が発布されて改正される。それまでに因島内各村でも次第に小学舎が設置される。しかし、『因島市史』では重井村と田熊村のことだけで、その後の […]
2025年10月4日 / 最終更新日 : 2025年10月14日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【423】小学校史③尚純舎 小学校史③尚純舎 田熊村では、広島県によって許可された「研幾舎」(田熊村浄土寺)が「尚純舎」に変更になった。この不可思議な出来事は、同地に2箇所以上の私塾があった故に可能であったことであるが、直接の理由は長年(23年間も […]
2025年9月27日 / 最終更新日 : 2025年10月4日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【422】小学校史②振徳舎 小学校史②振徳舎 明治5年の学制により、いわゆる公教育が始まる訳であるが、それ以前に教育機関がなかった訳ではない。寺小屋という言葉は誰もが知っているように全国的にお寺で庶民教育はなされていた。ただ僧侶だけでなく、地域によ […]
2025年9月20日 / 最終更新日 : 2025年9月27日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【421】小学校史①学制 小学校史①学制 有名な「邑(むら)に不学の戸なく、家に不学の人なからしめん事を期す」=写真①=と言う宣言は、まさに近代教育のスタートを象徴する言葉であった。 これは「明治五年壬申七月太政官」=写真②=の名で公布されたもの […]
2025年9月13日 / 最終更新日 : 2025年9月23日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【420】伝六⑳白滝教育 伝六⑳白滝教育 昭和30年に因島白滝公園保勝会が設立され、宗教的な要素を排除した町内会組織として誕生したわけであるが、それではそれ以前に白滝山が宗教的な集団によって管理されていたかと言うとそうではない。それ以前の管理者は […]
2025年9月6日 / 最終更新日 : 2025年9月14日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【419】伝六⑲因島白滝公園保勝会 伝六⑲因島白滝公園保勝会 昭和30年に因島白滝公園保勝会が設立され、それまで伝六ゆかりの数軒の家と地元のわずかばかりの有力者から成る白滝山管理人から、広く町内の有志の関与することとなった。その後、重井町の町内会組織の一つ […]
2025年8月30日 / 最終更新日 : 2025年9月13日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【418】伝六⑱観音経 伝六⑱来世往生 これまでの話を整理すると、観音菩薩の生まれ代わりだと称した伝六は「功過自知録」を広めた。おそらく宗教的情熱をもって。その結果庶民の生活が向上したとすれば、それはまさに観音菩薩の現世ご利益であった。 伝六へ […]
2025年8月23日 / 最終更新日 : 2025年8月31日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【417】伝六⑰観音経 伝六⑰観音経 伝六が「観音道一観」と自ら称したことは、観音信仰に深く帰依したということである。観音信仰、すなわち観音さまとは何か、ということは、極論すれば、「般若心経」についで人気の高いお経、「観音経」に書かれていると思 […]
2025年8月9日 / 最終更新日 : 2025年8月30日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【416】伝六⑯生長の家 伝六⑯生長の家 生長の家については俸誠会ほど書く材料はない。それなのに取り上げるのは、俸誠会・生長の家・伝六と三題噺のようにまとめて考えると便利だからである。お題の決まりに従えば、伝六・新興宗教・重井とすべきであるが…。 […]
2025年8月2日 / 最終更新日 : 2025年8月28日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【415】伝六⑮修養団俸誠会 伝六⑮修養団俸誠会 伝六百回忌が村を挙げて行われたことから想像すれば宗教的に熱心な町民性が想像される。しかし、私の印象では、宗教的には極めて淡白な所だと思うが、百花繚乱だ。 重井町内には、バブテスト教会、金光教教会があり […]
2025年7月26日 / 最終更新日 : 2025年8月28日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【414】伝六⑭伝六百回忌 伝六⑭伝六百回忌 さて、ここで時代は変わって伝六死後のことを記そう。それも昭和2年の伝六百回忌の記録を見てみよう。伝六命日の旧暦3月15日に伝六百回忌は盛大に行われた。 その来賓名簿を見よう。和尚7人。これは地元重井村2 […]
2025年7月19日 / 最終更新日 : 2025年8月3日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【413】伝六⑬三教主義か神儒仏折衷か 伝六⑬三教主義か神儒仏折衷か 伝六の教えとも言える好善法師本で功過自知録を見れば儒仏道の三教主義が現れ、他の部分では神儒仏の折衷主義が窺われる。これではまるで鏡の中のカレイがヒラメに見えるのと同じで甚だ理解に苦しむ。(儒 […]