本因坊秀策
伝説の碁打ち 本因坊秀策【9】その時歴史は動いた 精神性を重んじる日本人の美学
伝説の碁打ち 本因坊秀策【8】その時歴史は動いた 精神性を重んじる日本人の美学
伝説の碁打ち 本因坊秀策【7】初心者にもわかる名勝負 歴史に残る「耳赤」エピソードその五
碁聖・本因坊秀策無敗伝説「その時歴史が動いた」NHK総合7月5日(水)午後10時~43分
伝説の碁打ち 本因坊秀策【6】初心者にもわかる名勝負 歴史に残る「耳赤」エピソードその四
弘化元年(1844)秀策16歳。のちの十四世本因坊秀和に対し一、三、五の布石を試み持碁(引き分け)の結果を残している。後世この秀策流黒先手必勝法といわれる布石は四段の免許を受けた15歳のころから試みはじめている。...(06/06/17) 全文 >>伝説の碁打ち 本因坊秀策【5】初心者にもわかる名勝負 歴史に残る「耳赤」エピソードその三
伝説の碁打ち 本因坊秀策【4】初心者にもわかる名勝負 歴史に残る「耳赤」エピソードその二
伝説の碁打ち 本因坊秀策【3】初心者にもわかる名勝負 歴史に残る「耳赤」エピソードその一
前号に続きNHKBS2(5月6日放送番組制作局・東京)の「耳赤の一手」について所見を述べることにしよう。 悲運の大棋士井上幻庵因碩 後世「碁聖」と仰がれる本因坊跡目秀策の数ある金星の中で、一般的に有名なのは「耳赤の一手」である。「耳赤って何じゃいな・・・」という疑問と同時に囲碁に無関心な人にとっても「耳赤」という言葉の響きにインパクトがあるらしい。...(06/05/27)
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伝説の碁打ち 本因坊秀策【2】初心者にもわかる名勝負 茫然とした名局 耳赤エピソード
5月13日、NHK番組制作局(東京)から6日放送されたビデオ・カセットと番組協力の礼状が届いた。 秀策の生涯で囲碁史に残る名局のうち「耳赤」のエピソードほど世間にうけた話はない。「初心者にもわかる名勝負」の題名にはうってつけの話であるが、対局の内容は巷間で伝えられる「秀策快勝」の展開でなかった。 秀策苦戦の盤面に打った一手が「耳赤」のエピソードを生み、それがこの時の碁を有名にしたともいえる。...(06/05/20)
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伝説の碁打ち 本因坊秀策【1】初心者にもわかる名勝負―NHKBS2放送の反響
5月5日「こどもの日」は因島外浦町出身で幕末の天才棋士、後世「碁聖」と仰がれる本因坊家十四代跡目秀策の生誕の日だった。 NHKBS2教育番組センター(プロデューサー、橋本修平氏)は、漫画雑誌「少年ジャンプ」やアニメなどで大ヒットした「ヒカルの碁」の登場人物「秀策」が全国の少年少女やお母さんたちに強いインパクトを与え一躍知名度が高くなったことから「伝説の碁打ち 本因坊秀策―初心者にもわかる名勝負...(06/05/13)
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【NHKBS2】伝説の碁打ち本因坊秀策 初心者にもわかる名勝負 5月6日(土)昼0:10分-2:00
この番組は、実在の天才棋士の一生をたどり、その人生ドラマを楽しみながら知らず知らずのうちに囲碁のイロハを覚えられる「体験型ドキュメント番組」です。主人公の本因坊秀策は幕末に活躍した実在の碁打ち。...(06/04/29)
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脚光をあびる本因坊秀策
フリーライター 村上幹郎(3月12日中国新聞日曜エッセイから転載) 幕末の天才棋士、本因坊秀策(1829―62)にあやかって囲碁でまちおこしをしようと「市技」という耳慣れない言葉が広島県因島で誕生。今年1月10日、尾道市への編入合併でこの試みがそっくり新市へ継承された。...(06/03/18) 全文 >>NHKが「秀策」特別番組 外浦「碁聖閣」などで収録
幕末本因坊伝【19】秀策偉人伝の人間描写土居咲吾渡米航海日記より(2)
庚午 一生 尾道市が1988年3月、新幹線尾道駅開業・市制施行90周年記念に発行した市制要覧おのみちの「尾道人物誌」によると 土居咲吾(どいしょうご) 元の名は長尾幸作(浩策)。天保6年(1835)中浜で開業する医師長尾良俊の長男として生まれる。20歳で京に上り蘭学を、さらに24歳で江戸に出て英語を学ぶ。万延元年(1860)咸臨丸に便乗して福沢諭吉らと渡米、西洋医学と英学を修めた。翌文久元年(...(04/11/13)
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(財)日本棋院創立80周年記念 囲碁殿堂資料館15日オープン 本因坊秀策生家所蔵遺品搬送
本因坊秀策囲碁殿堂入り 記念切手を発行
幕末本因坊伝【12】秀策に纏わる短編集「本因坊家も手元宜しからず」
庚午 一生 碁所就位を井上因碩錦四郎に阻止されたことは、因果応報とはいえ秀和にとって無念であった。それも表向きは幕府の命令とあっては致し方なかった。...(04/09/04) 全文 >>幕末本因坊伝【11】秀策に纏わる短編集「本因坊家名人碁所不許可」
庚午 一生 本因坊家十四世の当主となった秀和は九歳年下で二十歳になったばかりの秀策を跡目にした。秀策は備後(広島県東部)因島の出身で、幼名を虎次郎といい、江戸・本因坊家に入門して頭角を現した天才棋士である。...(04/08/28)
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幕末本因坊伝【10】秀策に纏わる短編集「呉で見つかった秀策肖像画」
庚午 一生 わが国囲碁史上、最強の実力者として知られる第十四世本因坊跡目秀策(1829―62)だが、秀策の棋譜百局を集めた「敲玉余韻(こうぎょくよいん)」など名局集は数多く残されているが、その実像は分っていなかった。...(04/08/21)
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幕末本因坊伝【9】秀策に纏わる短編集「第十四世跡目秀策誕生旧記」
庚午 一生 棋界の頂点を目指す秀策にとって、本因坊跡目の推挙は名誉なことであり、これまで支援してきた三原候浅野甲斐守忠敬をはじめ幼少期に囲碁の基礎教育をした竹原の宝泉寺住職葆真和尚、尾道問屋筋の橋本吉兵衛竹下ら旦那衆にとっても喜ばしい話であった。だが、郷里の秀策ファンは一様に郷土の誇りと期待していた寵児をお上に取りあげられた心境で心底から歓迎するわけにいかず複雑な心境であった。...(04/08/07) 全文 >>本因坊秀策囲碁まつり 賞金百万円は結城九段 小中高生の参加めだつ(04/07/31)
秀策囲碁殿堂入り記念公演 音楽劇「本因坊帰る」市民500人が楽しむ(04/07/24)
碁聖本因坊秀策を劇化「本因坊帰る」合同舞台稽古始まる(04/06/19)
(財)日本棋院創立80周年記念 囲碁殿堂資料館今秋オープン 家康ら三人と秀策が殿堂入り(04/06/05)
幕末本因坊伝【1】秀策書簡集より悲運の第十四世秀和(04/05/29)
創作劇「本因坊帰る」小学生たちが立ち稽古(04/05/15)
外浦にようこそ 新看板が完成(04/05/15)
フラワーセンター 虎ちゃんの花壇(04/04/24)
本因坊秀策小伝 市教委が発行(04/03/27)
碁聖本因坊秀策を劇化 因島市民劇団「荘園」 「本因坊帰る」上演(04/03/27)
