碁聖本因坊秀策を劇化「本因坊帰る」合同舞台稽古始まる

掲載号 04年06月19日号

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 碁聖本因坊秀策を劇化した、「本因坊帰る」(森和子作・演出、劇団「荘園」主催)の7月18日上演にむけて、初めての合同舞台稽古6月13日、上演会場の市民会館大ホールの舞台を使用して行われた。

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 稽古には、虎次郎役の公文雅彦(重井小・村上音楽教室)君や秀策役の紙本泰志君(如水館高校演劇部)ら20人の小学生や高校生が参加。本番の衣装を身に着け、照明を使い、脚本・演出の森和子さんから場面ごとに演技指導をうけた。

庚午一生氏 立会い、監修

 この日、碁聖本因坊秀策偉人伝「虎次郎は行く」の著者である庚午一生氏が、舞台稽古に立会い、監修を行った。

 同氏が特に力点をおいたのは、囲碁の場面。ひとつは、対局のシーンを演じる場合に動きが止まってしまうことに工夫が必要であること。さらに、指導碁の場面では、最低限の囲碁のルールをふまえた演技をするようアドバイスした。

 その後、庚午氏は出演者を市民会館内の囲碁交流センターに案内し、「碁会場のピーンとはりつめた雰囲気を肌で感じ取るように」と、言葉をかけた。

因島での初稽古 大きな収穫

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 脚本・演出の森和子さん(如水館高校演劇部顧問)=写真=は、囲碁を市技とする秀策生誕の地である因島市での初めての舞台稽古について、次のように語った。

 庚午さんが「省けることを省いて思い切りやればいい」と言ってくださった。出演の生徒たちもやる気になってきた。

 因島のみんなが応援してくれているのが解って、因島で稽古して大収穫。出演する因島の小学生のがんばりに助けられている。主催者の杉野さん夫妻が頼りで2人がいなければ実現しなかったと思う。

 今ほど心貧しい時代はない。今こそ、おおらかに生きる必要がある。劇を観て元気になってもらえれば嬉しい。

文化文政の山陽路思う『本因坊帰る』上演趣旨

 本因坊秀策の類稀な才能を最初に見出したのは、尾道の豪商橋本吉兵衛であった。橋本吉兵衛は、六歳の虎次郎にまっすぐに向き合い、その天才を認め、三原の浅野甲斐守忠敬公にお目見えさせてくれた。吉兵衛が子どもといえどもないがしろにしない、人間を見る目の確かさを思う。

 そして、虎次郎の才能を認めた忠敬公は、竹原宝泉寺住職葆真のもとに弟子入りさせてくれた。葆真和尚は中国一とも言われるほどの碁の腕前であったという。

 その後、江戸本因坊家に弟子入りさせてくれたのも忠敬公であろうと言われている。忠敬公は、虎次郎に栄斉と名乗らせ、扶持まで与えて本因坊家での修行の後ろ盾となってくれた。虎次郎が江戸に発ったのは、わずか九歳のことである。

 虎次郎の才能もさることながら、それを見出し、育み、開花させたのは、まぎれもなく文化文政期の山陽路であった。これに着目し、この度『本因坊帰る』を上演することにしました本因坊秀策の帰るところ、そこは山陽路であり、瀬戸内の母なる海なのである。

 私たちは、今こそ文化文政期の文化の高さを思い、現代の生活を見直す必要があるのではなかろうか。(森)

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