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ふるさとの史跡をたずねて

ふるさとの史跡をたずねて【52】遠見山(因島重井町竜王山)

遠見山(因島重井町竜王山) 重井町片山の天秀庵城跡は「ごんげんさん」(権現山、竜王山)の北麓にある。ごんげんさんは「かんのんさん」(白滝山)と向かい合っているがやや高く、重井では一番高い山ということになる。 その権現山に …

ふるさとの史跡をたずねて【52】天秀庵城跡(因島重井町片山)

天秀庵城跡(因島重井町片山) 重井町にも片山がある。明神と伊手樋の間で、やはり船奉行片山数馬の居城跡だと言われている。天秀庵(てんしゅうあん)城跡である。子供の頃には丸福公園になっていた。過日訪ねたら竹藪に変じていた。幼 …

ふるさとの史跡をたずねて【51】片山家墓地(因島三庄町片山)

片山家墓地(因島三庄町片山) 片山家の墓地があると言うので訪ねた。 百梵(ひゃくぼん)山の東の山麓に権現池と権現宮(熊野神社)がある。島四国三十四番種間寺のあるところと言った方がわかりやすいかもしれない。かつてはその近く …

ふるさとの史跡をたずねて【50】百梵山城跡(因島三庄町百梵)

百梵山城跡(因島三庄町百梵) 変電所の横を東へ走ると切り通しの最頂部あたりが土生と三庄の境になる。そこを通過するとき右側を見てみよう。と言っても深い切り通しだから見えるのはセメントの壁ばかりである。しかし注意して見れば上 …

ふるさとの史跡をたずねて【49】鼻の地蔵尊(因島三庄町三ケ崎)

鼻の地蔵尊(因島三庄町三ケ崎) 三ケ崎よりも地蔵鼻とよく言われるように鼻の地蔵さんの方が美可崎城跡よりも有名である。この地蔵さんは玉ねぎ状の風化花崗岩の内部にある球状の母岩(コアストーン)を思わせる見事な大岩に彫られてい …

ふるさとの史跡をたずねて【48】船隠し(因島三庄町三ケ崎)

船隠し(因島三庄町三ケ崎) 美可崎城の西の海岸が船隠しだったと言われている。弓削瀬戸に面した南側の海岸である=写真上(弓削から)。一方、北側の三庄湾の入口の海岸だとも言われる=写真下(椋浦峠から)。 当時の人が船隠しと呼 …

ふるさとの史跡をたずねて【47】美可崎城跡(因島三庄町三ケ崎)

美可崎城跡(因島三庄町三ケ崎) 安芸の地乗りと呼ばれる古くからの航路は布刈瀬戸を通り、江戸時代になって開発された伊予の沖乗りと呼ばれる航路は弓削瀬戸を通る。このことからも、備後灘が海を支配する者にとって重要だったことがわ …

ふるさとの史跡をたずねて【46】板碑(因島三庄町明徳寺)

現在明徳寺のあるところが第五家老南彦四郎泰統の館跡だと言われている。だから三庄の土居城跡というのは現在の明徳寺とその周辺のことである。この定説を信じるならば、明徳寺は南氏が去ってから開基されたか、あるいは別の地にあったも …

ふるさとの史跡をたずねて【45】毘沙門天像(因島中庄町成願寺)

毘沙門天像(因島中庄町成願寺) 宮地大炊助明光(晩年に妙光と改名)は応永30年(1423)田熊天神山城に来て、その後中庄の大江城へ移った。宝徳元年(1449)には子息資弘とともに金蓮寺を再建した。同じ年に大山へ明光山成願 …

ふるさとの史跡をたずねて【44】大江投錨(因島中庄町大江山)

大江投錨(因島中庄町大江山) 宮地大炊助明光は田熊天神山城から、現在中庄公民館のある所の裏山に移った。そこを大江山と言い周辺を大江と呼ぶのは、宮地氏の姓が大江であることに因む。 中庄公民館の裏、大江山の山裾に大江投錨と呼 …

ふるさとの史跡をたずねて【43】宝筐印塔(因島三庄町善徳寺)

宝筐印塔(因島三庄町善徳寺) ハリコ大師で有名な三庄の善徳寺を訪ねた。今回の目当ては宝筐印塔(ほうきょいんとう)である。石段を上がると、境内の左前方にソテツがある。ソテツの傍に古い宝筐印塔がひっそりと立っている。因島宮地 …

ふるさとの史跡をたずねて【42】天神山城跡(因島田熊町天満)

天神山城跡(因島田熊町天満) 因島図書館の駐車場から山伏山の方を見ると、標高18メートルの丘の上に見事な巨樹の雄姿が見える。その丘が天満宮のある天神山城跡である。 この木は菅原道眞が延喜元年(901)九州左遷の途次停泊し …

ふるさとの史跡をたずねて【41】長門明神(因島重井町久保)

長門明神(因島重井町久保) 久保という地名は窪地であることからきている。それが平面的であれ、上下であれ窪んでいる地形は戦略上重要である。それも馬神山の南西であるから、馬神城を守った第三家老末永氏の関係者が住むのに適したと …

ふるさとの史跡をたずねて【40】馬神城跡(因島重井町馬神)

馬神城跡(因島重井町馬神) 馬神(うまがみ)城跡へ登ってみよう。砂浜に降りた馬神山荒神社近くに登り道があるが、山道でいつも整備されているとは限らないので、もっと楽な道へ戻る。すなわち東西橋の信号のところまで戻って坂道を西 …

ふるさとの史跡をたずねて【39】吉胡神社(因島重井町馬神)

吉胡神社(因島重井町馬神) 馬神山荒神社のところで砂浜に降りることができる。潮が引いていたら、海岸を歩いてみよう。岩の色から満潮時でも海上に出ていると思われる岩礁がある。犬岩と呼ばれているので、よく見ると犬の形に見える。 …

ふるさとの史跡をたずねて【38】馬神山荒神社(因島重井町馬神新開)

馬神山荒神社(因島重井町馬神新開) 因島重井町一本松で、因島除虫菊の父村上勘兵衛翁顕彰碑と久保田権四郎翁寄付碑等を見たら、重井川の東側の歩道を海に向かって歩こう。右前方に青木城跡、左前方に馬神(うまがみ)城跡が見える。 …

ふるさとの史跡をたずねて【37】日野山砦(因島土生町)

日野山砦(因島土生町) 小丸城跡の北に日野山砦がある。日野山砦には日野山神社があり、その下に摩崖仏がある。本によっては木野山とも書いてある。 才の池の横の島四国繁多寺から三庄方面に歩き、最初の小道を右側へ入る。4つ目の農 …

ふるさとの史跡をたずねて【36】論師石(因島土生町小丸山)

論師石(因島土生町小丸山) 宝地谷から再び空谷農道へ戻って、さらに登って行こう。農道は左へ曲がってその先でみかん畑となって消えるので、左へ曲がらずに突き当たりの崖を登る。 山路を登り尾根に出る少し前で左手に大きな岩を探そ …

ふるさとの史跡をたずねて【35】宝池谷の石塔(因島土生町郷区)

宝池谷の石塔(因島土生町郷区) 空谷農道の石碑を左に見たら、上を向いて歩こう。坂を登って陸橋の下を過ぎたら、すぐに右手を振り返ろう。そこから宝地谷が広がる。斜面に立つ木々の間に、大小120ばかりの石塔が所狭しと並んでいる …

ふるさとの史跡をたずねて【34】空谷農道(因島土生町郷区)

空谷農道(因島土生町郷区) 第一家老の救井氏が青陰城を守ったのに対して、第二家老稲井氏は土生小丸城を守った。小丸城跡周辺を探訪するには空谷農道から行くのがよいだろう。 変電所とその上の才の池の間の道を南に入ると島四国繁多 …

ふるさとの史跡をたずねて【33】耀古騰今(因島中庄町光平)

耀古騰今(因島中庄町光平) 中庄公民館から青影山へ登るには消防署前の県道を大山トンネル寄りのところで横切る。そこに仙境地蔵堂があり、さらに少し登ると右手に立派な石碑が見える。右から耀古騰今(ようことうこん)と書いてある。 …

ふるさとの史跡をたずねて【32】三峰城跡(因島田熊町)

三峰城跡(因島田熊町) 因島村上氏の時代に青陰城を守ったのは第一家老の救井氏である。その屋敷跡は今岡屋敷のあったところである。確かなことはわからないが、奥の院の上あたりではないかと思われる。 田熊の山神神社から青影山の方 …

ふるさとの史跡をたずねて【31】風呂山(因島中庄町)

風呂山(因島中庄町) 中庄側と田熊側からの青影山への登山道が合流するところに、二の木戸があった。そこから西に登れば青陰城跡である。東へ登る道は奥山へと続くハイキングコースである。ここを登って、下る手前で左折すれば風呂山山 …

ふるさとの史跡をたずねて【30】青陰城跡(因島中庄町、因島田熊町)

青陰城跡(因島中庄町、因島田熊町) 「先のほうに、山が、三つ見えましょう。あのまん中が、村上海賊の城のある、青影山でござります」と「海賊八幡船(ばはんせん)」という題で映画化された村上元三氏の小説『八幡船』に出てくる。す …

ふるさとの史跡をたずねて【29】随身像(因島重井町八幡神社)

随身像(因島重井町八幡神社) 伊浜八幡神社とも呼ばれる白王山八幡神社の随身門は文化8年(1811)に建てられたものであるが、因島村上氏六代吉充が永禄12年(1569)に青木城築城に際して奉納したと伝えられる随身像が飾られ …

ふるさとの史跡をたずねて【28】常楽院静金供養碑(因島重井町小林)

常楽院静金供養碑(因島重井町小林) 白滝山観音堂の堂主常楽院静金の供養碑が小林(こばし)の島四国高照院の隣にある。(写真右端)供養碑は大正九年の三百大遠忌に建てられているので、高齢であったことがわかる。常楽院静金大徳が戒 …

ふるさとの史跡をたずねて【27】白滝山観音堂(因島重井町白滝山)

白滝山観音堂(因島重井町白滝山) 青木城跡の東にある標高226メートルの白滝山は今から190年ほど前の文政年間に作られた五百羅漢石仏群で有名だが、それ以前から観音堂があった。 白滝山は岩山で雨が降ると白い滝のように見える …

ふるさとの史跡をたずねて【26】青木城跡(因島重井町)

青木城跡(因島重井町) 多くの本に青木城跡の所在地として重井町龍王山と書いてある。県史跡に指定された時の所在地であるから間違っているわけではない。しかし、地図で見ると重井には龍王山(権現山)というのがあって紛らわしい。権 …

ふるさとの史跡をたずねて【25】岡島城跡(尾道市向島町)

岡島城跡(尾道市向島町) 船から鉄道への乗り換えは、いつも旅の始まりだった。尾道駅前桟橋はすでに無く、尾道駅もまもなく模様替えが行われる。懐かしい光景がまたひとつ消えていくのはさみしい。 思い出深い駅舎の前に立つと、対岸 …

ふるさとの史跡をたずねて【24】三躰妙見宮(尾道市向島町立花)

三躰妙見宮(尾道市向島町立花) 魚島・椋浦・立花の海の三角形~椋浦伝説を確かめるために余崎城跡近くの三躰妙見宮へお参りした。 いつ何家族何人が魚島から椋浦へ来て、椋浦から立花へ行ったかという正確な記録がないので、伝説と呼 …

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