尾道市因島・瀬戸田地域の週刊新聞
記事
  • HOME »
  • 記事 »
  • »
  • ふるさとの史跡をたずねて

ふるさとの史跡をたずねて

ふるさとの史跡をたずねて【35】宝池谷の石塔(因島土生町郷区)

宝池谷の石塔(因島土生町郷区) 空谷農道の石碑を左に見たら、上を向いて歩こう。坂を登って陸橋の下を過ぎたら、すぐに右手を振り返ろう。そこから宝地谷が広がる。斜面に立つ木々の間に、大小120ばかりの石塔が所狭しと並んでいる …

ふるさとの史跡をたずねて【34】空谷農道(因島土生町郷区)

空谷農道(因島土生町郷区) 第一家老の救井氏が青陰城を守ったのに対して、第二家老稲井氏は土生小丸城を守った。小丸城跡周辺を探訪するには空谷農道から行くのがよいだろう。 変電所とその上の才の池の間の道を南に入ると島四国繁多 …

ふるさとの史跡をたずねて【33】耀古騰今(因島中庄町光平)

耀古騰今(因島中庄町光平) 中庄公民館から青影山へ登るには消防署前の県道を大山トンネル寄りのところで横切る。そこに仙境地蔵堂があり、さらに少し登ると右手に立派な石碑が見える。右から耀古騰今(ようことうこん)と書いてある。 …

ふるさとの史跡をたずねて【32】三峰城跡(因島田熊町)

三峰城跡(因島田熊町) 因島村上氏の時代に青陰城を守ったのは第一家老の救井氏である。その屋敷跡は今岡屋敷のあったところである。確かなことはわからないが、奥の院の上あたりではないかと思われる。 田熊の山神神社から青影山の方 …

ふるさとの史跡をたずねて【31】風呂山(因島中庄町)

風呂山(因島中庄町) 中庄側と田熊側からの青影山への登山道が合流するところに、二の木戸があった。そこから西に登れば青陰城跡である。東へ登る道は奥山へと続くハイキングコースである。ここを登って、下る手前で左折すれば風呂山山 …

ふるさとの史跡をたずねて【30】青陰城跡(因島中庄町、因島田熊町)

青陰城跡(因島中庄町、因島田熊町) 「先のほうに、山が、三つ見えましょう。あのまん中が、村上海賊の城のある、青影山でござります」と「海賊八幡船(ばはんせん)」という題で映画化された村上元三氏の小説『八幡船』に出てくる。す …

ふるさとの史跡をたずねて【29】随身像(因島重井町八幡神社)

随身像(因島重井町八幡神社) 伊浜八幡神社とも呼ばれる白王山八幡神社の随身門は文化8年(1811)に建てられたものであるが、因島村上氏六代吉充が永禄12年(1569)に青木城築城に際して奉納したと伝えられる随身像が飾られ …

ふるさとの史跡をたずねて【28】常楽院静金供養碑(因島重井町小林)

常楽院静金供養碑(因島重井町小林) 白滝山観音堂の堂主常楽院静金の供養碑が小林(こばし)の島四国高照院の隣にある。(写真右端)供養碑は大正九年の三百大遠忌に建てられているので、高齢であったことがわかる。常楽院静金大徳が戒 …

ふるさとの史跡をたずねて【27】白滝山観音堂(因島重井町白滝山)

白滝山観音堂(因島重井町白滝山) 青木城跡の東にある標高226メートルの白滝山は今から190年ほど前の文政年間に作られた五百羅漢石仏群で有名だが、それ以前から観音堂があった。 白滝山は岩山で雨が降ると白い滝のように見える …

ふるさとの史跡をたずねて【26】青木城跡(因島重井町)

青木城跡(因島重井町) 多くの本に青木城跡の所在地として重井町龍王山と書いてある。県史跡に指定された時の所在地であるから間違っているわけではない。しかし、地図で見ると重井には龍王山(権現山)というのがあって紛らわしい。権 …

ふるさとの史跡をたずねて【25】岡島城跡(尾道市向島町)

岡島城跡(尾道市向島町) 船から鉄道への乗り換えは、いつも旅の始まりだった。尾道駅前桟橋はすでに無く、尾道駅もまもなく模様替えが行われる。懐かしい光景がまたひとつ消えていくのはさみしい。 思い出深い駅舎の前に立つと、対岸 …

ふるさとの史跡をたずねて【24】三躰妙見宮(尾道市向島町立花)

三躰妙見宮(尾道市向島町立花) 魚島・椋浦・立花の海の三角形~椋浦伝説を確かめるために余崎城跡近くの三躰妙見宮へお参りした。 いつ何家族何人が魚島から椋浦へ来て、椋浦から立花へ行ったかという正確な記録がないので、伝説と呼 …

ふるさとの史跡をたずねて【23】白石島(尾道市向島町)

白石島(尾道市向島町) 余崎城の東の入り江はかつて船隠しがあったところであるが、今はマリンユースセンターになっている。ここと百島の南端だんご岩を地図を出して結んでみよう。そのまん中あたり、ちょうど加島の南側に小さな岩礁の …

ふるさとの史跡をたずねて【22】余崎城跡(尾道市向島町立花)

余崎城跡(尾道市向島町立花) 弘治3年(1557)、因島村上氏六代吉充の時、土生長崎城から向島町立花の余崎城へ移った。これは尾道駅前の対岸にあり、当時は小島だった岡島城を奪った褒賞として向島の大部分を小早川隆景からもらっ …

ふるさとの史跡をたずねて【21】長源寺跡(因島土生町箱崎)

長源寺跡(因島土生町箱崎) 今では中庄の金蓮寺が因島村上氏の菩提寺として知られているが、かつては因島図書館下にあった長源寺がそうであった。長源寺は天正五年(一五七七)に焼失した。そのあと、仏堂を再建すればよかったのである …

ふるさとの史跡をたずねて【20】弓場馬場跡(因島土生町平木)

弓場馬場跡(因島土生町平木) 長崎城跡、荒神山城跡の少し北に弓場、馬場があった。弓場医院の東側で、「村上水軍弓ならびに馬場跡」の史跡標があり、道路の反対側に説明板がある。それによると村上水軍には騎馬頭が十三家あったという …

ふるさとの史跡をたずねて【19】荒神山城跡(因島土生町荒神平)

荒神山城跡(因島土生町荒神平) ナティーク城山の長崎城跡が因島村上氏の本拠地だとすると、いかにも狭いという印象を受ける。しかし、長崎城跡から道を隔てて東側の長い石段を登ると荒神社がある。このあたり一帯が荒神山城跡である。 …

ふるさとの史跡をたずねて【18】長崎城跡(因島土生町荒神平)

長崎城跡(因島土生町荒神平) 天授3年(1377)霜月15日の釣島箱崎浦の戦いで今岡通任に勝った村上師清は、子息吉豊を現在ナティーク城山がある丘に住ませた。慶長5年(1600)関ヶ原の合戦敗退後、周防長門二州に封じられた …

ふるさとの史跡をたずねて【17】鍛冶神社跡(因島土生町串畑)

鍛冶神社跡(因島土生町串畑) さて、天授3年(1377)霜月15日の戦いで勝った村上師清は、三原の刀鍛冶に南朝年号の銘が彫ってある刀を作らせた。鍛冶谷と呼ばれる串畑谷がその場所ではないかと言われている。串畑谷にはかつて鍛 …

ふるさとの史跡をたずねて【16】藤原泰高の墓碑(因島土生町対潮院)

藤原泰高の墓碑(因島土生町対潮院) 島前城跡である因島図書館の駐車場にかつて耳明神社があり、その隣には藤原泰高の墓碑があったという。 東国武士の西国への移住には、源平合戦後と承久の乱後の二度のピークがあった。その承久の乱 …

ふるさとの史跡をたずねて【15】耳明神社(因島土生町大山神社)

耳明神社(因島土生町大山神社) 耳明神社は耳護(みみご)神社である。島前城跡にあったものが、現在は大山神社にある。因島市民会館の左手の階段を上がった辺りにあったという。その階段を上がると図書館の駐車場に出る。整地されて元 …

ふるさとの史跡をたずねて【14】妙泰夫人の墓(因島田熊町浄土寺)

妙泰夫人の墓(因島田熊町浄土寺) 妙泰夫人の墓が田熊浄土寺にある。 浄土寺はさらに高い山側にあった岡野氏の菩提寺善福寺を起源とする。鐘楼の隣に六地蔵堂があり、その隣の一段高くなった墓地に、岡野氏の祖である岡野対馬守藤原道 …

ふるさとの史跡をたずねて【13】藤原神社(因島田熊町中区)

藤原神社(因島田熊町中区) 藤原神社は岡野明神の隣にある。近づくと見上げるばかりのビャクシンの大木があり、その木の下が藤原神社で、左に一段上がったところが岡野明神である。 それではなぜ岡野明神の隣に藤原神社があるのかとい …

ふるさとの史跡をたずねて【12】岡野明神(因島田熊町中区)

岡野明神(因島田熊町中区) 岡野明神と藤原神社へは浄土寺の鐘楼のところから山の方へさらに上がる。手前で右へ行けば馬の墓と島四国六十番横峰寺がある。 この辺りは釣島箱崎浦の戦いの古戦場で中庄茶臼山城主の弟、すなわち妙泰夫人 …

ふるさとの史跡をたずねて【11】馬の墓(因島田熊町中区)

馬の墓(因島田熊町中区) 田熊の金栗池から少し東へ坂道を上がると、「右土生三庄道 左西浦重井道」と書かれた道標がある=写真右。 この道標から左へ行くと、春日神社の傍を通って島四国六十番横峰寺へ至る。本四国の横峰寺は石鎚山 …

ふるさとの史跡をたずねて【10】狸藪(因島三庄町一区)

狸藪(因島三庄町一区) 子供の頃、「おーい ふなかたさんよー」という唄声がラヂオから流れていた。椋浦の船方さんたちが歩いたという船方道が三庄にある。善徳寺から歩くことにする。 せっかくだからハリコ大師さんにお参りしよう。 …

ふるさとの史跡をたずねて【9】三子松(因島土生町三子松)

三子松(因島土生町三子松) 青影落葉の神からさらに東へ歩き、少し坂を上がると左手に溜め池が見えてくる。長加入池である。 そこから南に丘陵地が広がっている。その尾根の左端、畑から山林に変わるところに大きな円柱形の水槽がある …

ふるさとの史跡をたずねて【8】青影落葉の神(因島土生町郷区)

青影落葉の神(因島土生町郷区) 大山神社から北へ二つ目の道を、すなわち天理教教会の北側の道を入り、さらに右側の細い道へ入ると、まもなく巨大な楠が目に飛び込む。きれいに剪定されていて枝より幹が大きくて戸惑うが、やがて葉も茂 …

ふるさとの史跡をたずねて【7】三庄の妙泰神社(因島三庄町三区)

三庄の妙泰神社(因島三庄町三区) 妙泰夫人を祀った土生の妙泰神社は、女性の願い事ならなんでも叶うということで人気があり、島内各所に分祀があるという。今のところ、三庄のここだけしかわからない。三区の郵便局の近くである。 カ …

ふるさとの史跡をたずねて【6】妙泰神社(因島土生町明体)

妙泰神社(因島土生町明体) ここで舞台を土生に戻す。釣島箱崎浦の戦いの話はまだ続いているのである。 中庄茶臼山城主は大鳥義康で、その弟が大鳥宗義であった。この妙泰神社はその宗義の妻、妙泰夫人を祀ったものである。対潮院の西 …

1 2 »

カテゴリー

バックナンバー

  • facebook
  • twitter
かわよしパソコンサービス
虎次郎は行く
因島空襲

ニシハラプラネッツ

株式会社ニシハラプラネッツ

環境設備の販売・工事・コンサルタント業務(尾道市因島重井町)

工場建設の高松建設

工場建設の高松建設

おかげさまで創業50年(尾道市因島土生町)

手打ち十割蕎麦とわり

手打ち十割蕎麦とわり

北海道産のそば粉ときれいな水で打った十割蕎麦をお出ししています。
◎福山市船町5-8
◎電話084-922-3293

PAGETOP
Copyright © せとうちタイムズ All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.