2025年12月13日 / 最終更新日 : 2025年12月26日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【431】小学校史⑪国民学校 小学校史⑪国民学校 明治国家によって始められた初等教育は尋常小学校(6年の義務教育)と尋常高等小学校(2年)で、制度としては完成された。 それは昭和12年7月の日華事変以降急速に拡大する戦時色の中で昭和16年3月1日発令 […]
2025年12月6日 / 最終更新日 : 2025年12月14日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【430】小学校史⑩中庄村・三浦村 小学校史⑩中庄村・三浦村 残った中庄村、外浦村、鏡浦村、椋浦村について見てみよう。『中庄村史』と『椋浦学校史』から関連のところを書き出す。なお、外浦村、鏡浦村、椋浦村は明治22年に合併して三浦村となる。昭和23年に三浦村 […]
2025年11月29日 / 最終更新日 : 2025年12月6日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【429】小学校史⑨三庄小学校・田熊小学校 小学校史⑨三庄小学校・田熊小学校 三庄村では、明治8年8月1日に「六行舎」を創立した。名称、所在地とも数度変更ののち、明治19年4月「広島県御調郡小学校区公立三庄小学校」とした。翌年4月には「広島県御調郡三庄村立三庄尋常 […]
2025年11月22日 / 最終更新日 : 2025年11月30日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【428】小学校史⑧土生小学校 小学校史⑦大浜小学校 土生村では明治6年3月1日に對潮院に「土生学校」が創立された。翌年土生町字中畝に移転され明治12年「土生小学校」と改称された。明治20年に「土生簡易小学校」(3ケ年)と改称され、翌年「土生尋常小学校 […]
2025年11月15日 / 最終更新日 : 2025年11月24日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【426】小学校史⑦大浜小学校 小学校史⑦大浜小学校 大浜村では、明治6年酒井教蔵宅に「養生舎」が設置された。明治8年「養生舎」を「大浜小学校」と改称、校舎を見性寺に置いた。明治15年酒井教蔵宅地を購入して、校舎を見性寺から移した。また、学校の資格を初 […]
2025年11月8日 / 最終更新日 : 2025年11月17日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【426】小学校史⑥尋常小学校 小学校史⑥尋常小学校 戦前の小学校の名称としては国民学校とか尋常小学校と呼ばれるものが一般的である。その尋常小学校も時代と共に制度がころころと変わるので実態が理解しにくい。 明治19年の小学校令で、それぞれ修業年数4年の […]
2025年11月1日 / 最終更新日 : 2025年12月2日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【425】小学校史⑤教育令・改正教育令 小学校史⑤教育令・改正教育令 記録者が混乱するほどであるから、分かりにくい制度であったのは確かである。 それでも重井村の場合には、明治8年8月振徳学舎を重井小学校と改称し、信誠舎(大師堂)を分教場と位置づけ、同時に細島に […]
2025年10月18日 / 最終更新日 : 2025年10月28日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【424】小学校史④その他の村々 小学校史④その他の村々 明治5年8月に公布された「学制」は、明治12年9月に「教育令」が発布されて改正される。それまでに因島内各村でも次第に小学舎が設置される。しかし、『因島市史』では重井村と田熊村のことだけで、その後の […]
2025年10月4日 / 最終更新日 : 2025年10月14日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【423】小学校史③尚純舎 小学校史③尚純舎 田熊村では、広島県によって許可された「研幾舎」(田熊村浄土寺)が「尚純舎」に変更になった。この不可思議な出来事は、同地に2箇所以上の私塾があった故に可能であったことであるが、直接の理由は長年(23年間も […]
2025年9月27日 / 最終更新日 : 2025年10月4日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【422】小学校史②振徳舎 小学校史②振徳舎 明治5年の学制により、いわゆる公教育が始まる訳であるが、それ以前に教育機関がなかった訳ではない。寺小屋という言葉は誰もが知っているように全国的にお寺で庶民教育はなされていた。ただ僧侶だけでなく、地域によ […]
2025年9月20日 / 最終更新日 : 2025年9月27日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【421】小学校史①学制 小学校史①学制 有名な「邑(むら)に不学の戸なく、家に不学の人なからしめん事を期す」=写真①=と言う宣言は、まさに近代教育のスタートを象徴する言葉であった。 これは「明治五年壬申七月太政官」=写真②=の名で公布されたもの […]
2025年9月13日 / 最終更新日 : 2025年9月23日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【420】伝六⑳白滝教育 伝六⑳白滝教育 昭和30年に因島白滝公園保勝会が設立され、宗教的な要素を排除した町内会組織として誕生したわけであるが、それではそれ以前に白滝山が宗教的な集団によって管理されていたかと言うとそうではない。それ以前の管理者は […]
2025年9月6日 / 最終更新日 : 2025年9月14日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【419】伝六⑲因島白滝公園保勝会 伝六⑲因島白滝公園保勝会 昭和30年に因島白滝公園保勝会が設立され、それまで伝六ゆかりの数軒の家と地元のわずかばかりの有力者から成る白滝山管理人から、広く町内の有志の関与することとなった。その後、重井町の町内会組織の一つ […]
2025年8月30日 / 最終更新日 : 2025年9月13日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【418】伝六⑱観音経 伝六⑱来世往生 これまでの話を整理すると、観音菩薩の生まれ代わりだと称した伝六は「功過自知録」を広めた。おそらく宗教的情熱をもって。その結果庶民の生活が向上したとすれば、それはまさに観音菩薩の現世ご利益であった。 伝六へ […]
2025年8月23日 / 最終更新日 : 2025年8月31日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【417】伝六⑰観音経 伝六⑰観音経 伝六が「観音道一観」と自ら称したことは、観音信仰に深く帰依したということである。観音信仰、すなわち観音さまとは何か、ということは、極論すれば、「般若心経」についで人気の高いお経、「観音経」に書かれていると思 […]
2025年8月9日 / 最終更新日 : 2025年8月30日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【416】伝六⑯生長の家 伝六⑯生長の家 生長の家については俸誠会ほど書く材料はない。それなのに取り上げるのは、俸誠会・生長の家・伝六と三題噺のようにまとめて考えると便利だからである。お題の決まりに従えば、伝六・新興宗教・重井とすべきであるが…。 […]
2025年8月2日 / 最終更新日 : 2025年8月28日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【415】伝六⑮修養団俸誠会 伝六⑮修養団俸誠会 伝六百回忌が村を挙げて行われたことから想像すれば宗教的に熱心な町民性が想像される。しかし、私の印象では、宗教的には極めて淡白な所だと思うが、百花繚乱だ。 重井町内には、バブテスト教会、金光教教会があり […]
2025年7月26日 / 最終更新日 : 2025年8月28日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【414】伝六⑭伝六百回忌 伝六⑭伝六百回忌 さて、ここで時代は変わって伝六死後のことを記そう。それも昭和2年の伝六百回忌の記録を見てみよう。伝六命日の旧暦3月15日に伝六百回忌は盛大に行われた。 その来賓名簿を見よう。和尚7人。これは地元重井村2 […]
2025年7月19日 / 最終更新日 : 2025年8月3日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【413】伝六⑬三教主義か神儒仏折衷か 伝六⑬三教主義か神儒仏折衷か 伝六の教えとも言える好善法師本で功過自知録を見れば儒仏道の三教主義が現れ、他の部分では神儒仏の折衷主義が窺われる。これではまるで鏡の中のカレイがヒラメに見えるのと同じで甚だ理解に苦しむ。(儒 […]
2025年7月12日 / 最終更新日 : 2025年7月17日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【412】伝六⑫袁了凡その2 伝六⑫袁了凡その2 袁了凡の『陰騭録』の翻訳本は伝六の時代のみならず、明治、昭和の時代にも出版された。現在では、石川梅次郎『陰騭録』、明徳出版、中国古典新書、に原文、翻訳を解説とともに見ることができる。天が陰ながらこの世 […]
2025年6月28日 / 最終更新日 : 2025年7月10日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【410】伝六⑩功過自知録附録その2 伝六⑨功過自知録附録その2 現在検討している功過自知録は、本連載407回で書いたように袁了凡の『陰騭録』が親本である。 ふるさとの史跡をたずねて【407】伝六⑦「陰騭録」 好善法師本の附録にはその袁了凡のことも書かれてい […]
2025年6月21日 / 最終更新日 : 2025年7月6日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【409】伝六⑨功過自知録附録その1 伝六⑨功過自知録附録その1 功過自知録というのは道徳を点数化したもので、いわばゲームの配点表のようなものだと思えばよい。しかし、内容が道徳的なものである以上、項目の選択と配点は選者によって当然異なる。すなわち選者の思想が […]
2025年6月14日 / 最終更新日 : 2025年6月23日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【408】伝六⑧功過自知録好善法師本 伝六⑧功過自知録好善法師本 ここで本連載405回で紹介した白滝山好善法師が書き写した功過自知録の内容を紹介する。 ふるさとの史跡をたずねて【405】伝六⑤功過自知録 繰り返しになるが、これは伝六が持っていた本か、書き写し […]
2025年5月31日 / 最終更新日 : 2025年6月9日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【407】伝六⑦「陰騭録」 伝六が書いたと思われる功過自知録が市販本であるとわかった。その出版事情について記す。結論を単純に記すと、中国の明の時代に袁了凡(えんりょうぼん)が書いた『陰騭録』(いんしつろく)についていた付録の翻訳書であった、というこ […]
2025年5月24日 / 最終更新日 : 2025年6月3日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【406】伝六⑥功過自知録刊行本 伝六⑥功過自知録刊行本 さて、写真①をご覧いただきたい。 前回のものが手元にあれば比べてもらいたい。多少の細部の違いがあるものの、ほぼ同じようなものだと了解していただけたと思う。 今回示したものは、私が古書店から求めたも […]
2025年5月17日 / 最終更新日 : 2025年5月26日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【405】伝六⑤功過自知録 伝六⑤功過自知録 以前書いたように伝六家は絶家したので、伝六の事跡を伝える文書はほとんどない。そのような状況であるから、好善法師が残した伝六関係の書類は貴重である。それらは綴じられており末尾に「白瀧山好善法師」と記されて […]
2025年5月3日 / 最終更新日 : 2025年5月9日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【404】伝六④「好善法師墓」 伝六④「好善法師墓」 白滝山表参道の仁王門下の伝六の墓については本連載175回で記した。 ↓↓↓↓↓ ふるさとの史跡をたずねて【175】伝六墓(因島重井町白滝山中腹) その広場山側(東側)には堂守の墓が並んでいる。 中に […]
2025年4月26日 / 最終更新日 : 2025年5月8日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【403】伝六③「万時簿」 それでは、「万善簿」とは何か? その校長先生は江戸時代の郷土の教育者・広瀬淡窓の研究家で、広瀬淡窓が実践したのが「万善簿」であった。 …ということで、江戸時代の天領・日田に話は飛ぶ。 天領というのは幕府直轄地で、その支配 […]
2025年4月19日 / 最終更新日 : 2025年5月8日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【402】伝六②「万時簿」 伝六②「万時簿」 遠回りである…。 ここに『私の万時簿』(風間書房)という奇妙な表題の本がある。著者は三好信浩氏。昭和7年(1932年)大分県生まれ。昨年、福山市で亡くなられた。 この「万時簿」について三好氏は次のように […]
2025年4月12日 / 最終更新日 : 2025年5月8日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【401】伝六①伝六墓(尾道市因島重井町善興寺) 伝六①伝六墓(尾道市因島重井町善興寺) 重井町の教育について語るには、まず柏原伝六のことから話すのが良いだろう。こう書くと多くの方が意外な感じを持たれるであろう。 それでは伝六が広めた、あるいは新しく作った(私はそうは思 […]