戦争

毎日新聞は8日、同紙備後面で、「別冊一億人の昭和史 銃後の戦史」(毎日新聞社、1980年)に収められている因島空襲の写真が日立造船三庄工場に対する攻撃のものであることが判明した、と報道した=写真。同写真は、「瀬戸内の太...(11/12/10)
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昨年11月に発表された、因島高3年生の課題研究「近現代文研究 井伏鱒二と『因島』」論文と、本紙での全文掲載がきっかけとなり、作家・井伏鱒二と因島についての関心が高まっている。...(11/11/05)
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因島空襲の実態を調査している「因島空襲を考える会」は19日、当時13歳で日立造船三庄工場に動員されていた山内勝さんの案内で防空壕跡、機関砲台設置場所跡、幼い姉妹が空襲で亡くなった場所を見学した。 ...(11/10/29)
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第二次世界大戦末期の因島空襲を調べている「因島空襲を考える会」は9月25日、因島重井町にある、国の指示でつくられた特殊地下壕(防空壕)の最後のひとつを確認し、島内23カ所すべてを掌握した。 ...(11/10/01)
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「因島空襲を考える会」による、今年2回目の防空壕調査が9日、重井町で行なわれた。重井町の小田浦・深浦地区、大浜町の添川地区は、戦争当時、軍用地であったと言われており、資料には国の指示でつくられた防空壕だけでも6カ所ある...(11/07/16)
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第二次世界大戦末期の因島空襲を調べている「因島空襲を考える会」は2日、田熊町において調査を行い3カ所の防空壕跡地を確認した。 ...(11/07/09)
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戦後65周年因島空襲記念日の行事は全部で5つ行なわれ、島内外から1100人が参加した。 開幕は、7月27日午前10時から行なわれた田熊小学校校庭での防空壕空襲ピアノコンサート。約200人の幼児、小学生、住民が参加し...(10/08/07)
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戦後65周年・因島空襲記念日の7月28日午前9時、土生(はぶ)町のポートピアはぶで、慰霊と証言の集いが開催される。犠牲者への黙祷を全員で行い、呉市のきくちレイコさんがピアノを演奏し、戦争体験者が証言を行なう。...(10/07/10)
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1945年の米軍による因島への空襲を描いた、自主出版本「瀬戸内の太平洋戦争 因島空襲」への注文が17日、アメリカ議会図書館から届いた。 ...(09/11/21)
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太平洋戦争末期の昭和20年、米軍は2度にわたって日立造船因島工場などに空襲を加えたが、その記念日である7月28日、遺族ら30人が同工場内の殉職碑の前で、慰霊の祈りを捧げた。参列したのは、因島田熊町の岡野宣行さんら遺族、...(08/08/02)
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原爆が広島市に投下されて今年で63年目を迎えるが瀬戸田町の地蔵院境内にある原爆慰霊碑には原爆投下の8月6日に、被爆者らがお参りに訪れる。建立されたのは、原爆60周年にあたる平成17年8月。瀬戸田町原爆被爆者之会が、平山...(08/08/02)
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因島大空襲があった7月28日、100人をはるかに越えると言われている犠牲者を偲んで、「戦争と戦後を語ろう」と銘うった集会が、因島土生港の市営駐車場多目的ホール(ポートピアはぶ)で開催される。 これにさきがけ空襲があっ...(08/06/21)
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瀬戸内の太平洋戦争 因島空襲 はじめて明らかにされる切り捨てられた島の歴史 定価1,000円 お求めはこちらから ...(08/05/24)
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戦後ほとんど語られることのなかった「因島空襲」の全貌に迫った「瀬戸内の太平洋戦争―因島空襲」(青木忠著)が22日、出版された。 昨年7月28日に開催された因島空襲犠牲者慰霊祭につづいて、真相を明らかにし、犠牲者の慰霊...(08/05/24)
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太平洋戦争下の因島三庄町にあった捕虜収容所に収容されていた英国兵捕虜のハロルド・プリチャード隊長(准尉)の子息イアンさん(69)=写真右=が4月25日、因島を訪れ、亡き父の足跡をたどる追体験と交流の旅になった。 ...(08/05/03)
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太平洋戦争下の因島三庄町にあった捕虜収容所に収容されていた英国兵捕虜のハロルド・プリチャード隊長の子息イアン・プリチャードさん(69)が25日、因島を訪問する。 イアンさん一行は午前中捕虜たちが強制労働についていた日...(08/04/12)
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現地調査(土生地区・2007年6月4日) 空襲に遭った日立造船因島工場内慰霊碑「殉護照」前にて(西門・旧正門出口付近) 案内人・青木忠 基礎知識として、造船所というと労働災害が多いという職場だということは、皆さん分かり...(08/02/02)
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因島高校生課題研究―埋もれた史実「因島空襲」が、県教委の平成19年度「ことばの輝き」優秀作品コンクールの課題研究・卒業論文部門で、最優秀賞に輝いた。同校の了解をえて、その全文を本紙に掲載する。...(08/01/26)
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小林美喜夫さんが軍隊に入営したのは昭和15年4月シベリアの収容所生活から解放されて故国の舞鶴に上陸し、両親と妻に再会したのが22年5月のことであった。その間、7年2カ月間の年月が経っていた。...(07/12/22)
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ソ連は昭和20年8月8日日ソ中立条約をほごにして日本に宣戦布告し、満州・朝鮮に一挙に侵入した。 そのころ小林美喜夫陸軍獣医務曹長はハイラルから鄭家屯(ていかとん)という小さな町に移動し、新たな軍務についていた。しかし...(07/12/15)
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因島重井町の小林美喜夫さん(88)は平成13年4月、「八十路の回顧―運根鈍」を自費出版し、そのなかでシベリア抑留体験について詳しく語っている。「むすび」のなかで小林さんは、その出版の動機を次のように記している。 ...(07/12/08)
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第二次世界大戦中、東南アジア各地で日本軍の捕虜となった元イギリス兵捕虜とその遺族8人が12日、日英交流の一環として来日し全国各地で交流した。16日には、瀬戸田町の博愛幼稚園(角野裕三園長)を訪ね園児たちと交流した。 ...(07/10/20)
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太平洋戦争末期の昭和平成20年7月28日に尾道市因島は米空軍の激しい空襲を受けたが、島をあげての「因島空襲犠牲者慰霊祭」が62年目の7月28日、因島土生町で行なわれ遺族や空襲体験者ら約200人が参列した。...(07/08/04)
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悲運の潜水艦と呼ばれる伊33号潜水艦、三庄ドックでの最期の姿を写した写真4枚が、読者から寄せられた。3枚を掲載する。 ...(07/07/07)
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戦後62年目の平和の祈り―因島空襲犠牲者慰霊祭は7月28日(土)午前11時から、市営中央駐車場多目的ホールで行なわれるが、その趣旨が浸透しはじめ、島をあげた慰霊行事になろうとしている。...(07/07/07)
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昭和19年6月13日訓練中の事故で沈没し、9年ぶりに引き揚げられ、因島の日立造船三庄工場で解体された伊33号潜水艦の殉職者102人の遺族会は13日、慰霊祭を行なった。...(07/06/16)
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因島遺族会(杉本秀会長)は20日、62回目となる平成十九年度因島戦没者合同慰霊祭を因島市民会館大ホールで行なった。遺族をはじめ、平谷祐宏尾道市長、7人の尾道市会議員ら約120人が列席した。 ...(07/05/26)
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因島が2度目の空襲を受け、日立造船因島工場や三庄町で多くの犠牲者がでた63回目の7月28日がめぐってこようとしている。 資料によれば、米空軍は昭和20年7月28日午前11時45分から7分間にわたって空爆。最新の調査の...(07/05/19)
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10年間にわたって行われた元戦争捕虜招聘事業が昨年10月で終了したのに伴い外務省欧州局西欧課の海野哲也外務事務官が6日、向島町、7日、因島三庄町を訪れ、関係者に感謝を述べた。 そしてその際、戦争が終了し解放された英国...(07/03/10)
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