松本肇短編小説Ⅴ ヤドカリの詩【9】~【11】

信男の子ども時代

松本肇(因島三庄町)

【9】

こう言った空の事を、五月晴れというのだろうか。小野寺信吉は、ふと庭の詫助(わびすけ)に目を移してみた。息子の信男と二人で暮らす、この平凡な毎日に幸せを感じていた。

何時のまに来たのか、メジロが花の蜜を吸っている。きっと番(つが)いなのだろう。何時も決まって二羽が、枝から枝に飛び移っている。

「ネエネエ、父ちゃん。あの、キョッキョン キョキョキョ、キョッキョンキョキョキョと言って、鳴いているのは何?」

信男は分からない事が有ると、信吉に尋ねると殆どの事は、答えてくれる。

「ああ、あれか。あれはのォ、あれは不如帰(ホトトギス)という鳥なんじゃ。なんでも、てっぺんかけたかてっぺんかけたか言うて、鳴きょうるんじゃて」

今日も即答してくれる信吉の事を、信男は物知り博士だと、心の中で思っている。

「それでのォ、不如帰は、自分の産んだ玉子を托卵と言って、他の鳥の巣の中に産んで、育てて貰うんじゃて」

「ふーん、不如帰って狡いんだね」

「いや~一概に、そうばっかりは、いえないかも知れんぞ、不如帰には不如帰の、何か深い理由(わけ)が有るのかも知れん」

心無しか、信吉は何故か、物憂い感じで答えた。


【10】

桜が散って、菜の花が河川敷を埋め尽くしていた。

信男は、幼なじみの岡部正彦と加瀬良太とは登下校は勿論、誘い合って一緒にするし、授業が終わって下校した後は、キャッチボールをするのが、3人の日課だった。

信男はその時、決まって信吉が作ってくれた子供神輿を持って来ていた。

ひとしきり3人で遊んだ後家に帰り、信吉と信男が晩御飯を食べていた時、玄関のチャイムがなった。

「こんばんは、夜分すみません」

正彦の母親の美知子が、立っていた。

「ああ、これは岡部さん、こんばんは」

玄関に立って行った、信吉が答えた。

「あの~つかぬ事を、お聞きするのですが、信男君が持っている神輿は、どちらで買われたのでしょうか?」

「いやぁ、あれはワシが作ったんです。店で、売ってるもんとは違います」

器用な信吉は竹とんぼや、スケーター等も信男に作っていた。

「あの細かい飾り付けをした神輿を、信吉さんが手作りされたんですか(月)いえね、何でも正彦が欲しがるものですから、ご無理を言いますが、作って頂けないですか」

「ああ、いいですよ。仕事が有るんで、時間はかかりますけど、作ります」

「お代は、いくら程すれば宜しいですか?」

「いやぁそんな、素人ですけぇ金はいりません」

信吉が答えた。


【11】

信男は日曜日という事もあって、庭でスケーターに乗って遊んでいた。すると、向かいの雑貨屋の日山照子が、にこにこしながら近づいて来た。

「信男くん、お父さんはイジメたりしない?殴ったり、つねったりしない?ご飯は、食べさせてくれているの?本当のお父ちゃんに、会いたいでしょう」

信男は思ってもみない言葉を聞いて乗っていたスケーターを転がして履物も脱ぎ捨て乍ら家に帰った。

「お父ちゃん、ボク、お父ちゃんの子供じゃないん?」

信男は息を切らし乍ら、信吉に尋ねた。

「何を馬鹿な事を言ようるんなぁ。誰が、そがぁな出鱈目を言うとるか」

信吉は、怒りをアラワにして言った。

「向かいの日山の、おばちゃんが、言いよった」

「信男、手を出してみぃ。親指も人差し指も、タカタカ指も、薬指も、小指もお父ちゃんの指と、そっくりな形をしとろうが」

信男の肩に置かれた信吉の左手が、わなわなと小刻みに震えていた。

「信男、こっちに来て、鏡を見てみぃ。目も、鼻も口も、お父ちゃんにそっくりじゃろうが。信男の名前はの、お父ちゃんが付けたんじゃ。お父ちゃんの信を取って、信じる男と言うて、これから先も、何があっても、自分を信じるんじゃど」

信吉の言葉が心なしか、涙ぐんでいる様に聞こえた。信男は、もうこの事は二度と口に出してはいけないんだと子供心に思った。

(つづく)

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