松本肇短編小説Ⅴ ヤドカリの詩【20】~【24】

信男の小学校卒業まで

松本肇(因島三庄町)

【20】

ドーン ドーン ドーン

朝から、秋祭りの触れ太鼓の音が聞こえる。信男は信吉から貰った小遣いを握って、走って行った。

的屋(てきや)の屋台が沢山並んでいる。金魚すくい、綿菓子、リンゴあめ…等に混じって、古本屋が有るのを見つけた。信男は、イロイロ有る本の中から、二冊買い信吉にも土産を買って帰った。信吉は、好物の松露とタンキリ飴を受け取って喜んだ。

「信男、父ちゃんに迄土産を買ってくれたら小遣いがなかったろう?」

「ウウン、僕石川啄木の『一握の砂』と『啄木物語』を買ったよ」

「石川啄木か。父ちゃんも好きな歌人だなあ。信男、好きな短歌が有るか?」

「うん僕はね、『故郷の訛り懐かし停車場の人混みの中そを聞きに行く。霙降る石狩の野の汽車に読みしツルゲーネフの物語かな』が好きよ」

「そうか、父ちゃんは、『砂山の砂に腹ばい初恋の痛みを遠く思い出ずる日と快き疲れなるかな息もつかず仕事をしたる後のこの疲れ』が特に好きだなぁ」

「ふ~ん、そうなんだ。父ちゃん他に何か、好きな詩で、覚えているのは無い?」

「そうだなぁ。高村光太郎の智恵子抄の中で『レモン哀歌』というのが有るのだけど、貴女の綺麗な歯がガリリと噛んだトパーズ色の香気が立つという表現とか『あどけない話し』の中で智恵子は東京に空が無いという本当の空が見たいと言うのが好きかな。与謝野晶子の『君死にたもう事なかれ』島崎藤村の『初恋』『千曲川旅情の歌』なんかは、空んじていて今でも言えるよ」

「ふ~ん、凄いんだね」

「海潮音の中の上田敏が訳詩した、カールブッセの『山のあなた』なんかも、良く覚えたな。信男、ヘミングウェイの『老人と海』なんかは、書棚の中に有るから、何時か読んでみるといいよ」

「父ちゃん沢山知っているね。僕も覚えたいな!どのようにすれば、覚えられるの?」

「そうだなあ。興味の無い文章でも、覚えなさいと強制されると嫌だけど好きな詩や短歌は、読んでいる内に何時しか、その中に入り込んでしまって、覚えたくて仕方が無くなるよ。そうすると、何時の間にか覚えているよ」

「僕も好きな詩や短歌を、覚えてみたいな。父ちゃん、書棚の本を勝手に持ち出してもいい?」

「ああ、信男の好きな様にすればいいよ」


【21】

「ただいま!」

何時もと変わらない信男の元気な声がした。信吉は信男が学校から帰宅した時に淋しくないように、残業をしないで何時も定時に帰って、信男を待っている。

「お帰り」

「父ちゃん、蒲鉾板が有る?」

「お~お~有るぞぉ。どうしたんか」

「あのね、今度ね、冬休みに6年生が5人1組になって、火の用心の夜回りをするんよ。それで、何かカチカチと音がする物を持って行くんよ」

「お~そうか。何時までに用意しとったら、ええんか」

「冬休みが25日からじゃけぇ、それまででいいんよ」

「そうか、まだ5日有るのぉ」

「信男、これでどんなかいの」

「父ちゃん凄い!どうしたん。テレビドラマの時代劇で見る拍子木と同じじゃが。本物そっくりじゃん」

それは信吉が5日の間に、首の所にも麻紐を付けた立派な拍子木だった。

「樫の木が丈夫で固くて拍子木にいいんで、材料を買うて来て作ったんじゃ」

信男は大喜びをしていた。冬休みに入ると、小学生5人組の夜回りが始まり信男の打つ拍子木の音が、快く響いていた。


【22】

「父ちゃん、僕、卒業式で答辞を言うんだよ」

学校から帰って来た信男が、息をきらし乍ら言った。

「そうか、信男卒業生代表になるんか。凄いな」

「信男、卒業式にはお父ちゃん、行かない方がいいかな?」

「どうして?父ちゃん仕事が忙しいん?」

「いやあ仕事はどうにでもなる。前もって分かっとったら、有休も取れるしな」

「だったら来てよ」

「信男、父ちゃんの様なのが行っても、恥ずかしくないか?」

信吉にしてみれば、信男との事情を知っている父兄の目で、信男が肩身の狭い思いをしないか心配していた。

「どうして、父ちゃん僕、父ちゃんが大好きだよ。世界で一番、父ちゃんが好きだよ。」

「そうか。だったら、卒業式には絶対に行くからな。」

「嬉しいな。有難う」

信吉は日頃余り馴染みのない背広とネクタイ、カッターシャツを新調して卒業式の会場に出向いた。殆どといってもいい程略礼服を着た女性ばかりで、男の信吉は何故か居心地が悪かった。

やがて卒業式が始まり、校長、来賓の挨拶の後、卒業生の一人一人が、卒業証書を受け取っていく。

「答辞、小野寺信男くん」

司会進行の担当者が信男の名前を呼んだ。

「はい」

信男が大きな声で返事をすると壇上へ上がって行った。皆に一礼をすると奉書紙をめくっていく。

「答辞。6年間通った学び舎とも今日でお別れです。学校で知り合った友達、先生方の教えに感謝します。卒業した後、私達は皆、清く正しく美しく学校の名前に恥じない様に精進していきます。卒業生代表 小野寺信男」

信男が一礼して下がると、会場からは割れんばかりの拍手が鳴り響いた。信吉は感涙に咽んでいた。


【23】

信吉は一人、拓也と悦子の墓参りに来ていた。どんな事があっても、一番の優先順位で、欠かさず毎月第3の日曜日に、墓参りに来て、12年を過ぎ様としていた。

信男にも、一緒に墓参りをさせたいと、いくら思ったことか。だけど、信吉にはそれが出来なかった。「信男、ここに本当のお父さんとお母さんが、眠っているんだよ」の一言を言う勇気が無かった。信吉は、そんな自分を、小さい人間だと、自分乍らつくづく嫌になった。

「拓也、悦子、お前達の息子が、卒業生代表で答辞を言ったよ。素直で素晴らしい子供になっている。安心してくれ」

拓也と悦子の二人に、信男の成長を告げに今月は2度目の墓参りを済ませた。

「毎月、よう(良く)お参りに、来てじゃのぉ。感心じゃあ。香月さんは身寄りがないんで、信吉さん、あんたが墓参りに来んかったら、墓は荒れ放題なのに、拓也さんも、悦子さんも喜んどるよ。信男くんも頭が良うて、素直でいい子じゃ言うて、評判じゃ」

和尚が、信吉を見つけて言った。

墓参りに行くと、お寺のすぐ近くに住んでいても何年も墓参りに来ていないのか、陽に焼けて色褪せた造花のハイビスカスが、挿したままになっていたり枯れた花が何時までも、挿しっ放しになっている墓が殆どである。

忙しい忙しいと、言い訳をし乍ら、自分達は旅行に行ったり、外食をしたりしている。故人を思う気持ちが無いのか、優しい心を持っていないのか、そういった姿を見ると、信吉は何時も辛い気持ちになった。


【24】

信吉はその夜、久しぶりに拓也と悦子の夢を見た。3人で時々カラオケに行っていた頃の夢だった。

拓也は得意の福山雅治の『桜坂』を歌いそして『HALLO』を歌う。

悦子は絢香の『三日月』や一青窈の『ハナミズキ』を良く歌っていた。

信吉は本当は演歌を歌いたいのだが、まさかここで三山ひろしや山本譲二を歌う訳にもいかず、シラケるんじゃないかと思って、尾崎豊の『十五の夜』と『I LOVE YOU』を歌う。

ひとしきり盛り上がった後、最後は決まって拓也と信吉がゆずの『夏色』をデュオするのだった。

コーヒーにピザを注文して、2時間程を楽しんだ夢だった。

(つづく)

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