松本肇短編小説Ⅴ ヤドカリの詩【36】~【41】
信男の高校時代②
松本肇(因島三庄町)
【36】
ホームルームが終わって、信男が帰ろうとして、校庭を出た時、正面から岡部正彦と仲間が三人で、こっちに向かって来た。信男は左に避けたが、その中の一人に足を引っ掛けられた。
信男は鞄を投げ出し、学生服やズボンも砂で汚れ、右頬に軽い擦り傷が出来た。明らかに、故意だった。
「ちょつと待ちなさいよ。あやまりなさい」
それを偶然見ていた、寺田優子が言った。三人は無視して、鼻でせせら笑いをしながら、教室の方へ向かった。
「小野寺くん大丈夫?職員室へ相談に行きましょう」
優子が心配して、言ってくれた。
「いや、いいよ。その内、分かってくれると思うから」
信男は自転車に鞄をゴム紐で結ぼうとしたら、荷台に付けていた紐が無くなっていた。その上、自転車の前輪と後輪の空気が抜かれていた。用務員室で空気入れを借り、ビニール紐を貰って帰路についた。
【37】
「信男、どうしたんか。喧嘩でもしたんか?」
帰宅した信男の姿を見て、信吉が言った。
「ウウン、自転車で転んだんだよ。何でもないよ」
「信男、何か悩みが有ったら、言ってくれ。イジメとかあったら、一人で悩む事はないんだよ。転校する事も出来るし、もし無理なら、休学をする事も、出来るからな」
「韓信の股くぐりと言う言葉が有るけどな~あれは、市中で不良少年の侮辱に耐えて、その時人前で、不良少年の股をくぐった。後で、韓信が戦略に優れ、中国前漢の高祖の勇将になった時、かつての不良少年は、酷く恥じたそうだけど、韓信の場合はその時、一度だけの忍耐じゃ。普段、繰り広げられているイジメとは、根本的に質が違う。日常茶飯事あるイジメは、とてもではないけど我慢の限界がある。その為に悲しいニュースを聞く度に、わしゃ誰か手を指し述べる人は、居らんかったのか、誰か気付いて助ける事は、出来なかったかと、辛うなるんじゃ。信男、お父ちゃんは信男の為なら何でもするぞ。何時でも、何でも相談をしてくれ」
信吉は、最近の信男の周辺で、何か変わった事が無ければ、いいがと案じていた。
【38】
「今日は六時限目の道徳の授業を、田沼先生に了解して頂いて、『イジメ』について皆さんとディスカッションしていきたいと、思います」
教壇に立った寺田優子が、はっきりと透る声で言った。
「ブレインストーミング方式で、やっていきたいと、思います」
ブレインストーミング 基本的な4つのルール
- 批判しない
- 自由に発言する
- 質よりも量を重視する
- アイデア同士を集結する
黒板にチョークで、几帳面な字で書かれていた。
- 一人の人をターゲットにしすぎる妬み
- 自分よりも立派 弱者への労りの無さ
- 弱くてイジメ易い 温和しくて人気者
- 出る杭は打たれる
「皆さん有難う御座います。建設的な意見の数々に、感謝致します。集計しました所、相対的に『イジメをする加害者は、自分が逆の立場になった時の事を、考えて行動して下さい。』何年後、何十年後、大人になって町で出会った時、笑顔で話し合える人生を、送って欲しいと思います。そして、自分達が家族を設けた時、自分の子供達がもし『イジメ』に有ったらと思って、二度と戻らない青春を、楽しく過ごして欲しと思います。田沼先生、皆さん、本日は有難う御座いました」
寺田優子がリーダーとして、指揮をとった一時間が終わった。
【39】
「小野寺くん、待って」
信男が自転車置き場の方へ行こうとした時、優子が制服のスカートの裾を風に揺らし乍ら追って来た。
小さな町工場の息子の岡部正彦は毎日自家用車で送迎して貰っているが、市民病院の事務長の娘である優子はバス通学をしていた。
「あれって、俺の事?」
「えっ、何の事」
「イジメについての、昨日のホームルームだよ」
「信男くん、誤解しないで。今マスコミで世間を賑わしているイジメに依る事件を知る度に胸が痛むの。何故、誰も気付かなかったのか。自分で自分の命を絶つ前にどうする事も出来なかったのかと、何時も案じていたから今回のテーマにしたの」
「この前もね、15歳の松友君という子が、『数式や英語を忘れても、笑顔は忘れないで下さい』と遺書を残して校舎から、飛び降り自殺をしたの。日頃から、度重なるイジメに耐えて、何時も笑顔だったそうよ。周囲の人達は、誰も気付かなかったそうよ。私ね、このニュースを見た時、松友くんの笑顔の遺影を見て涙が止まらなかったわ」
「ジェラール・シャンドリが言うには『一生を終えてのちに残るのは、我々が集めた物ではなくて、我々が与えた物である』そうよ」
【40】
その日は信男にとって、最悪な一日だった。三時限目の授業が終わって、十分間の休憩を利用して、トイレから帰ると、自分の席に置いていた学生カバンが、見当たらない。黒板には
捨て子 小野寺信男
橋の下 神社の境内
病院の前 お寺の境内
公衆トイレ 乳児院の前
と、チョークで書かれていた。窓際にもたれていた、岡部正彦達3人が、窓から外を見ながら、ケタケタと笑っていた。慌てて、信男が窓に駆け寄り、外を見てみると、校庭に投げ捨てられたカバンから、鉛筆、筆箱、ノートや教科書が無残にも、飛び散っていた。信男は、2階の教室から走って下り、カバンの中に拾い集めた。
『もう、この学校に通学する事は、出来ない。父ちゃんと相談して、何処かよその高校へ転校するか、身の振り方を相談しないと、いけない』
耐えに耐え、我慢をしていた信男だったが、情けなくて、自転車を漕ぐ信男の目に、止めどなく涙がこぼれた。
【41】
今日こそは信吉に、今までの事を聞いて貰おう。担任に言っても、加害者生徒の方が、親も正当性を主張して、校長、教頭も、教育委員会までも言っても学校側が無力な例を、過去に沢山あるのを知っていた。はやる気持ちで玄関を開け様としたら、鍵がかかったままだった。信男が帰宅して、今まで一度も留守の時は無かった。信吉は必ず、定時間で仕事を終え、信男が家に着くと、何時も出迎えてくれた。信男は、郵便受けの下に置いてある、植木鉢を除けてその下に置いてある鍵で、家に入った。今日こそは、父ちゃんに縋って泣きたかった。何故、今日に限って留守なんだろう。信男は自分の部屋に入って、発作的にノートを広げた。
「父ちゃん 今まで有難う 元気でいて下さい」
信男は開いたノートに走り書きをすると、お年玉や小遣いを貯めている貯金箱の中のお金を、全部ポケットに突っ込んで、駅に向かって走った。
(つづく)
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