短編小説ショパンの調べ【12・13】いんのしまシーサイドホテルで結婚式・披露宴

いんのしまシーサイドホテル。2003年、高齢者総合福祉施設「花園に業務転換した。

結婚式は、車で10分程の所にある、海の傍に建っている、白亜の洒落たシーサイドホテルで行われる。

本来なら、新郎の住んでいる山口で、行われるべきなのだが、新婦の疲労を考えて、因島でする事になった。

最初、叔母は、叔母の家で自宅結婚式をしたらと、言っていたが、料理の手配、来客への招待などを考えると、人手もかかり大変だから、結局ホテルになった。叔母にしてみれば、300坪程の屋敷に茶室を建てた、立派な庭園を排した旧家を、自慢したかったのだろう。

受付は静子の親友の樋口美佐子と片桐信子がしてくれている。美佐子と信子とは、小学校時代からの大親友で、3人の内の誰か1人を見つけると、3人を探す事が出来ると、級友達が言う程、仲が良かった。

3人は静子の事をズー、美佐子をシャー、信子をドンと、それぞれに呼びあっていた。静子のズの字を伸ばしてズー、美佐子はサーと言っていたのが、何時の間にか訛ってシャーにそして、3人の中では1番リーダー格の信子をドンと呼ぶ様になったのが、ニックネームの始まりだ。

2人はまだ独身で、振り袖姿で立っていた。静子を見つけると、軽くウインクをしてみせただけで、特に何も言葉を交わさなかった。それは、英雄とのイキサツを知っている2人が「おめでとう」と言える心境ではなかったのである。

シーサイドホテルでの結婚式は30分位で終わり、披露宴が始まった。

恩師、因島市会議員、親戚、友人…等、新郎側40人新婦側40人の、80人の人達が席に着いていた。

花で飾られた、テーブルの上のキャンドルに、2人で火を点すキャンドルサービス、ドライアイスの煙りの中、上からゴンドラに乗って、新郎新婦が現れたり色んなアイデアが盛り込まれていた。

料理も唯、日本料理だけというのではなく、和食から始まり、中華料理、最後が洋食という、豪華なものだった。

スピーチが始まり、シャーとドンの2人が、友人として立った。

「ズー、おめでとう。最初に今は、静子の事を、こう呼ばせて頂くことを、お詫びしておきます。3人の中で、一番温和しいズーが、私達よりも先に結婚するなんて、思ってもみませんでした。お茶も、お花も、料理も上手で、しとやかなズーを射止める男性は、幸せ者だと思います」

松本肇(因島三庄町)

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いんのしまシーサイドホテルの写真(2002年5月10日撮影)

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