ふるさとの史跡をたずねて【386】香炉台(尾道市因島重井町白滝山)
香炉台(尾道市因島重井町白滝山)
白滝山裏参道にある子授観音の上にある白壁の内側に観音堂があり、その観音堂のご本尊の真裏に「恋し岩伝説」に対応する石観音がある。
だからその石観音にお参りするのは白壁と本堂の隙間を、あたかも人目を忍んで裏に回ると言う感じである。これほど謎めいた話はなく、白滝山五百羅漢の最大の謎である。観音堂については本連載27回、石観音については170回に書いたが、子授観音の続きとして再説してみよう。
民話とか伝説と呼ばれるものは時代とともに、その時代の価値観を付加して書き換えられるものだから、歴史そのものではないことは確かである。しかし考えようによっては普通語られる歴史以上の真実を含んでいることがある。「恋し岩伝説」の原話はどう書かれていたのだろうか。相撲取白滝の話は地名語源説話の素朴なものであるが事実は逆で、もし白滝という力士がいたとしたらその名前を山の名前に因んだということであろう。もう一つの触れれば恋が叶うというのは、昨今の観光地に見られるよくある話を付け加えただけであろうか?
そこで気になるのは、観音堂正面にある香炉台=写真=を「陰陽石」と書いたパンフレットが、かつてあったことである。
明らかに中に灰を入れて線香を立てる香炉台である。また「奉寄進」と書かれていることからも自然石でないことは一目瞭然である。もちろん人工的な陰陽石が奉納されていることもあるが、多くは自然石である。また右隣の手水鉢はハート形に削られていて何やら関係ありそうであるが、無関係かもしれない。ともかく、観音堂周辺に陰陽石信仰があったことが推定される。
このように考えると、この石観音こそ陰陽石信仰の陽石だったのではないかと思われる。さらに想像を飛躍させれば、石観音は陰陽石信仰と観音信仰を習合させたものだったのではなかろうか。それが観音堂を建てた時、堂内の観音信仰、裏側の陰陽石信仰と分離された。だから、人知れず子授けを願う女性が石観音を拝むことができるようになった…。
だから塩竃(釜)神社の延長の塩釜大神、子授観音が観音堂の下に作られたわけである。
写真・文 柏原林造
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