松本肇短編小説Ⅲ 風の償い【9】【10終】

【9】

「お父さん、お母さん早く乗って」

明美はガレージから、アウディを出し乍ら言った。

明美には、心当たりがあった。

早苗が行くのは、椋浦の藤棚=写真㊤=に違いない。毎年、藤の花が咲く頃になると、早苗は明美を誘って、よく藤の花を見に来ていた。この前も、明美の休日の日に、二人で来たばかりである。定番の藤色に混じって、ピンクや白の藤も咲いている。弁当には、おむすびを作って、ポットにお茶を入れここでのんびりするのが、二人の恒例行事だ。

「明ちゃん見てこの景色、凄いでしょ。対岸には、地蔵鼻岬や、弓削も見えるし、もし命を閉じる、最期の日が来たとしたらここで死ねたら、本望だと思うわ」

冗談っぽく、早苗は常に言っていた。明美は、因島水軍スカイラインを、アウディのハンドルを切り乍ら、外浦から椋浦へと、急いでいた。

お姉さん御免なさい。死なないで。私の一言でそんなに迄、傷つけるとは思わなかったの。

もし早苗に、万一の事があったら、取り返しのつかない事になる。


【10】

鏡浦を越え、急カーブがいくつもある、曲がりくねった道を走らせ椋浦の藤棚に着くと、慌てて早苗を探した。

いくつも置かれているベンチの、南側の海の見えるベンチに、早苗は横たわっていた。傍にはハルシオン(睡眠薬)の空袋が転がっていた。

「お姉さん、お姉さん」

「早苗、早苗」

明美と洋一郎の呼びかけに、かすかにウーと言った吐息を漏らした。遠くから、救急車の音が、だんだんと近づいて来ていた。

明美は一人、岬に立っていた。三庄千守(ちもり)と椋浦の境に突き出ている、この白滝の端(はな)は、三方から来る風が常に吹き荒れている。

早苗を藤棚で見つけ救急車で運んだが、発見が早かったのと、服用したハルシオンの量が少なかったのが幸いした。医師や看護士達、皆の適切な処置で、どうにか一命を取り留める事が出来た。

胃の洗浄をして、24時間点滴をしてくれているが、2日経った今も意識はまだ戻っていない。

お姉さん許して
はっきり確かめもしないで酷い態度をとって
お姉さんには、何も罪は無いのに自殺を図ろうとする迄、追い詰めてしまった
私を許して早く目を覚まして

明美は、早苗に対して、自分の犯した罪の意識の深さに苛(さいな)まれていた。早苗には、絶対に助かって貰わなければ困る。このままの状態で決別する訳にはいかなかった。

岬で神に祈る明美の頬を容赦なく風が激しく叩きつけていた。(終)

松本肇(因島三庄町)

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