松本肇短編小説Ⅲ 風の償い【2・3・4】

【2】

五十嵐明美の父、洋一郎は、因島市内にある養護施設『つくし学園』の園長をし乍ら、市会議員も長くしている。市民からも、人格者で通っている、温厚な人物だ。

母の節子は、和服の似合う人で、表千家の茶道や未生流の華道を教えている。

家も周囲を石垣で、何段も築き、石段を数段登った所の豪邸には、大きな蔵が三つもある旧家で、由緒ある家柄だ。

5歳年上の姉、早苗も上品で皆にミス因島だと噂される程だ。姉の早苗は、明美にとっても自慢だった。学校でも成績が良く、友達から誉められると自分の事の様に、嬉しかった。器用な早苗には、マフラーの編み方や、簡単なトートバッグの縫い方なども、教えて貰っていた。


【3】

明美がコーヒーを入れようと思って、リビングの傍を通った時だった。父と母の話す声が、聞こえてきた。

「早苗も結婚適齢期だし、今度の縁談はいいと思うんだが」

「そうね、相手の方も立派で、あんなにも有名な自動車メーカーに、勤められているのだったら、家柄といい、良縁だと思いますわ」

「早苗は何と言っているのだ」

「可でなく不可でもなく、まあ見合いとはこんなものなのでしょう。結婚してから、日に日に恋愛感情が湧いてくると思います」

「何を気にしているんだろうか。やっぱりあれか、出生の秘密か?」

「その事に関しては、何も知らないと思うの。たまたま、早苗の両親の血液型が、私達の子供で可笑しくない型だし、出生届も玉井病院の先生に頼んで私達の子供になっているでしょ」

明美は突然の事で、耳を疑った。

今まで本当の姉だと思って、子供の頃から仲良く遊んでいたのに。お父さんとお母さんの子供じゃないんだ。二人の話しを聞いていると、父が他の女の人に産ませたのではないかと、思った。生まれてきた早苗に罪はなくても、実のお姉さんだと思って疑ってみた事もない早苗が、お父さんの愛人の子供だなんて汚らわしい。信じていた父も、姉も、許す事が出来ない。何が人格者だ!何が市会議員だ!『つくし学園』の園長だ!父は、別の顔を持っていたのだ。感受性の強い明美にとっては、もう誰も信じる事が、出来なかった。今まで、幸せだと思っていた事が、ガタガタと音を立てて、崩れていった。


【4】

「明ちゃん、このセーター着てくれる?」

以前、明美が欲しがっていた、早苗のダークレッドのセーターを、譲ろうとしていた。

「…………」

「前から、気に入ってくれていたわよね。それに、一緒に似合うペンダントも、良かったら受け取って」

明美の、心の変化を知らない早苗は、何時もの様に話し掛けた。

「もう、私の事は放といて!話し掛けないで!」

「どうしたの、明ちゃん。私、何か悪い事をしたかしら?もしそうだったら言ってくれる。治すから」

「顔を見るのも、声を聞くのも嫌なの。もう二度と、私の前に現れないで!」

明美は、早苗に対して、吐き捨てるように、そういうとその場に、泣き崩れた。早苗は、長い間、仲良くしていた妹が、突然自分を嫌悪する事に、何も覚えがなかった。

五十嵐家の食卓は、朝夕、皆が揃って囲むのが慣わしだった。明美が、早苗の出生の秘密を耳にしてからというもの、明美は父母や早苗が、食事を済ませてから、一人で食事をする様になった。

「明ちゃん、ご飯よ。一緒に食べましょう」

早苗が、明美の部屋に行き、ノックをしても声をかけても、反応はなかった。家の中で、たまたますれ違い、早苗が何時もの様に、話し掛けても、明美はそっぽを向く始末だ。温和しく、内向的な早苗にとっては、そんな状態が続く日々が、耐えられなかった。

松本肇(因島三庄町)

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