因島総合病院の学術活動の振り返りと未来への継承
因島の医療を支えてきた因島総合病院が4月1日、因島医師会病院と統合し新生「因島医師会病院」として再出発する。
山本頼正因島総合病院長は閉院を前に「地域連携室だより」最終号を執筆。1951年以来537件に及ぶ多職種の学術活動を振り返るとともに、自院の医学雑誌を「地域の財産」として因島図書館へ寄贈し、その精神を新体制へ継承する決意を綴った。山本院長の寄稿全文を掲載する。
因島総合病院の学術活動の振り返りと未来への継承
因島総合病院長 山本頼正
※因島総合病院「地域連携室だより最終号」より転載
因島総合病院は、因島の医療を支える拠点として108年にわたり歩みを重ねてきましたが、2026年3月、因島医師会病院との統合に伴い、その歴史に幕を下ろすこととなりました。今回、地域連携だよりの最終号として、当院が積み重ねてきた学術活動の歩みを振り返ってみました。
※医学中央雑誌を用いて検索すると、当院の学術発表の歴史は1951年(昭和26年)に始まります。草川一正医師による、日本耳鼻咽喉科学会での「日立因島造船所に於ける職業性難聴患者の治療概況」が記録に残る最も古い発表です。
それ以降、2025年12月までに収録された学術発表は計537件にのぼり、原著306件、会議録189件、その他42件という内訳でした。職種別では、医師が258件と最多であり、次いで看護師162件、臨床工学技士86件と、多職種にわたる発表が行われていました。
年代別(図1)では、1950年代から1990年代までは主に医師による発表が中心でしたが、1990年代後半以降に件数が大きく増加し、特に看護師による発表が顕著に増え、その背景には1996年に創刊された「因島総合病院医学雑誌」(図2)の存在がありました。同誌は2016年までの約20年間、年1冊のペースで刊行され、当院の学術活動を力強く支えてきました。(図1)
さらに2010年以降は、臨床工学技士による発表が増加し、2016年以降には医師や看護師を上回る件数となりました。直近の2020年から2025年においても、臨床工学技士による発表が最も多く、加えてリハビリテーション部門からの発表も増加するなど、学術活動の担い手は着実に広がってきました。
「因島総合病院医学雑誌」を振り返ると、当院で経験された症例報告や研究成果が、医師のみならず看護師をはじめとする多職種によって、それぞれの専門性を生かして発信されてきたことが分かります。1996年からの約20年間にわたる同誌の歩みは、そのまま因島総合病院の医療の歴史を刻んだ貴重な記録といえるでしょう。
現在、「因島総合病院医学雑誌」は広島県立図書館や一部の大学病院図書館で閲覧可能ですが、将来にわたり因島の医療の歩みを語り継ぐうえで、極めて重要な資料と思われますので、今回、尾道市立因島図書館へ寄贈し、地域の共有財産として後世に残すことといたしました。
因島総合病院が培ってきた学術活動の精神と多職種協同での医療の実践の歩みは、今回の病院統合で多くの職員が因島医師会病院で勤務を続けることで、当院の閉院後も形を変えながら受け継がれ、地域医療の未来を支え続けていくものと確信しています。これまで長年にわたり因島総合病院の歩みを支えてくださいました地域の皆様方に、職員一同、心より感謝を申し上げます。
※医学中央雑誌=日本国内で発行された医学・歯学・薬学・看護学などの学術雑誌や学会抄録を体系的に収録した、日本最大級の医学文献情報データベース。
「地域連携室だより最終号」紙面
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因島総合病院ホームページより
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