ふるさとの史跡をたずねて【429】小学校史⑨三庄小学校・田熊小学校
小学校史⑨三庄小学校・田熊小学校
三庄村では、明治8年8月1日に「六行舎」を創立した。名称、所在地とも数度変更ののち、明治19年4月「広島県御調郡小学校区公立三庄小学校」とした。翌年4月には「広島県御調郡三庄村立三庄尋常小学校」と称し、学級を上下に分けた。明治26年に修業年限が3年から4年に改められた。また明治33年9月「広島県御調郡三庄村立三庄尋常高等小学校」と称した。しかし37年3月に高等科を廃止した。
明治41年の「小学校令」の改正により義務教育6年となったので、この年第5学年を置き、翌年第6学年を置いた。そして大正7年4月に「広島県御調郡三庄尋常高等小学校」と改称したので高等科を復活したことがわかる。これ以降、国民学校になるまで、尋常科6年高等科2年が続いたものと思われる。
一方、田熊村では明治10年に「尚純舎」を「田熊学校」と改称する。さらに明治12年に「公立田熊小学校」と改称する。明治16年には、初等科(3年)と中等科(3年)を設置した。しかし、明治19年に田熊尋常小学校(4年)の義務教育となった。その後、明治40年に義務教育は6年に延長された。そして大正7年に高等科が設置され田熊尋常高等小学校となった。
明治国家の成長とともに小学校の形態が統一されていく様子がよくわかる。多くの記述は両校の閉校記念誌によるがあえて表現の統一はしなかった。
当然のことながらこの頃の写真は多くはない。『尾道市立三庄小学校閉校記念誌』に、明治43年頃の小学校全景の写真右が載っている。誠に貴重な写真だと思う。転載させていただく。
(文・柏原林造)
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