短編小説ユトリロの街【9】

千光寺公園の桜

5分もしない内に、千光寺山ロープウェイ山頂駅に着いた。文学の小道を歩きながら行くと、志賀直哉の暗夜行路の一節や、林芙美子の放浪記の一節を彫った石碑が並んでいる。朱塗りの本堂のある、千光寺の境内の椅子にはヒ毛氈が敷かれ、お茶の用意がしてあった。抹茶と桜餅を注文し、健吾は売店で金のぞうりのストラップを、麗香に買った。千光寺新道へ下りようか、それとも、さっきロープウェイに乗った、山麓駅の所に下りようかとも迷ったが、まっすぐの、千光寺道の階段を下りる事にした。それにしても、尾道はお寺と坂の町とは聞いてはいたが、何とその数の多いことか。

国道二号線に出ると、今度はバスに乗らず、歩く事にした。信行寺、宝土寺、海福寺などの、お寺を横目に見ながら、十五分もすると、駅に戻る事が出来た。

「健吾さん、桜を見に行かない?」

「そうだね、さっきロープウェイからも、綺麗に咲いているのが見えていたから、傍だったら、もっと素晴らしいだろう」

パーキングのベンツを動かして、長江通りを北へ上った。

千光寺公園ドライブウェイを走った後、車は千光寺公園の駐車場へ置いた。目の前は桜一色で、所狭しと花見客が溢れていた。カラオケを唄っている人、酒を酌み交わす人、ひたすら食べる人など、さまざまである。日本三大桜子孫樹の、神代桜、三春滝桜、淡墨桜などを見て回った後、二人は千光寺山荘に宿をとった。案内されたのは、二階の海の見える『須磨の間』という部屋だった。

軽い寝息が耳元でする。麗香は、肩に置かれた健吾の腕枕を、はずすと部屋続きになっている、広縁に行った。籐椅子に腰を下ろすと、不覚にも頬に涙がこぼれた。悔しいのでもない、悲しいのでもない、いや、むしろ望んでこうなったのに、なんでこんな所で泣けるのか、分からなかった。それでも、必死で感情を押さえようとしてもどうする事も出来なかった。眼下に広がる尾道水道に、白い船が行き交っていた。

松本肇(因島三庄町)

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