2015年1月31日 / 最終更新日 : 2015年5月17日 times 上島町 広島の原爆で死亡した故松下秀一郎さん墓前先輩の麓さんらが祈り 被爆70周年の8月6日が近づく26日、被爆死した、上島町弓削の故松下秀一郎さん(修道中学校・14歳)の墓前に先輩の麓忠義さんら関係者が祈りを捧げた。 墓参は、本紙が弓削商船高専学芸部の「芸予に残る被爆犠牲者の足跡」を連載 […]
2014年11月8日 / 最終更新日 : 2014年11月8日 times 戦争 仲宗根さん一家調査 第一回沖縄訪問報告 三庄空襲で亡くなった仲宗根さん一家6人の調査のために10月27日から30日の4日間、沖縄の那覇市を訪問した。 関係者のあたたかい歓迎を受け、交流を深めることができた。さらに、沖縄の2大新聞の琉球新報と沖縄タイムスから2度 […]
2014年8月23日 / 最終更新日 : 2015年5月22日 times 戦争 大分県宇佐市の市民団体 日立造船因島工場への米軍の空襲映像を公表 太平洋戦争資料の調査・保存をつづける大分県宇佐市の市民団体「豊の国(とよのくに)宇佐市塾」(平田崇英塾頭)は10日、昭和20年3月19日の日立造船因島工場への空襲など7県の米軍が撮影した空襲映像を公表した。 写真上部は、 […]
2014年8月9日 / 最終更新日 : 2014年8月9日 times 戦争 三庄爆撃で死亡した仲宗根家6人安らかに 尾道市・議会・住民が追悼 昭和20年7月28日の因島空襲での三庄爆撃で死亡した沖縄の仲宗根一家6人の第1回追悼行事が69年目の同日、現地において行なわれ、尾道市、市議会、地元住民、関係者ら30人が出席した。 主催者の青木忠氏が追悼の言葉を読み上げ […]
2014年7月26日 / 最終更新日 : 2014年7月26日 times 戦争 因島空襲69周年にあたり三庄爆撃で死亡した仲宗根家6人を追悼する 大戦末期の昭和20年――3月19日と7月28日の2度にわたって因島は、米軍の空爆を受けた。軍人、徴用工、造船所従業員、船員、学徒動員生、住民、徴用された朝鮮半島出身者ら200人近い犠牲者が出た。 三庄町においては7月28 […]
2014年7月5日 / 最終更新日 : 2014年7月5日 times 戦争 三庄空襲で犠牲になった 沖縄の仲宗根一家6人 現地で追悼行事を開催 昭和20年7月28日の因島空襲において、沖縄からの学童疎開で因島三庄町七区に住んでいた仲宗根さん一家6人の死亡の事実が、確定的に明らかになった。 昭和20年7月28日午前10時20分ころ、因島三庄町は米軍によって空襲を受 […]
2014年6月21日 / 最終更新日 : 2021年8月10日 times 戦争 元英軍捕虜著書 因島図書館に寄贈 大戦中に因島三庄町にあった因島捕虜収容所にいた元英軍捕虜のテレンス・ケリーさんの著書「日本人と暮す」が17日、愛知県春日井市の市野美子さんによって寄贈された=写真。 この本は、因島空襲など1942年~日本の敗戦までの収容 […]
2014年6月7日 / 最終更新日 : 2017年10月30日 times 尾道因島ライオンズクラブ ライオンズ例会 因島空襲の講演 尾道因島ライオンズクラブ(宮地秀志会長)の例会が3日、ホテルいんのしまであり、本紙青木忠記者が因島空襲について語った。 記者はふたつの映像を紹介した。ひとつは、因島空襲の場面が出てくる青森放送制作の映像。もうひとつは、広 […]
2014年5月24日 / 最終更新日 : 2014年5月24日 times 戦争 米軍の激しい空襲によって因島三庄町で死んだ沖縄の家族 第二次大戦が終了して来年で70年になる。実父である松本隆雄の私物を整理していると、「昭和九年夏 家のこと 松本」の表題の小さなノートが出てきた。 米潜水艦に撃沈された対馬丸(日本郵船歴史博物館所蔵)
2014年5月3日 / 最終更新日 : 2014年5月3日 times people 86歳の現在も活躍 因島タクシー会長・藤井信志さんに聞く 尾道市因島重井町在住の因島タクシー(株)会長の藤井信志(のぶし)さん(86)は大戦末期、福岡県の大刀洗陸軍飛行学校甘木生徒隊15期10中隊の少年飛行兵だった。特別攻撃隊に指名され、熊本で待機中に終戦を迎えた。18歳の時で […]
2014年3月29日 / 最終更新日 : 2019年9月7日 times 因島三庄町 三庄空襲 沖縄疎開者が犠牲 城間尾道市会議員現地訪問 昭和20年7月28日の米軍による三庄空襲で沖縄疎開者が犠牲になった現場を20日、沖縄県那覇市にルーツのある城間和行尾道市議が訪問した。 議員を案内したのは空襲調査をつづける青木忠さん。雨の中、69年前の悲惨な状況を説明し […]
2014年3月15日 / 最終更新日 : 2014年3月15日 times 戦争 因島らの写真愛好家 ミャンマー撮影旅行 戦死者慰霊塔に祈り 広島県6人と山口県6人の写真愛好家は岡野巧三因島文化協会会長を団長にして、昨年10月7日から10日間ミャンマー(ビルマ)への撮影旅行を行なった。
2013年11月2日 / 最終更新日 : 2018年4月16日 times 因島中庄町 因島の戦争遺跡を探索 攻撃機襲来を察知する 中庄町の防空監視哨跡 私は数年前から、第二次大戦下の因島は、日立造船という巨大な軍需工場を中心に、島を挙げた臨戦態勢が敷かれていたはずだと考えていた。そうしたなかで因島北部がどのような役割を果たしていたか、強い関心を持っていた。 今年の8月、 […]
2013年10月12日 / 最終更新日 : 2015年4月21日 times 上島町 弓削島に因島空襲探る 町誌に犠牲者名を記す 継続する慰霊の営み 愛媛県上島町における因島空襲の調査が進み、新しい事実が確認されている。昨年秋の生名島につづき弓削島で聞き取り作業が開始された。 私は先月、弓削島の方から案内を受けて、学徒動員され日立造船因島工場で働いていた土生高等女学校 […]
2013年7月13日 / 最終更新日 : 2015年6月2日 times 戦争 因島に育つ被爆アオギリ 南一誠さんが縁結び 1945年8月6日に投下された原子爆弾。爆心地から1.4キロの旧広島逓信局中庭のアオギリも直撃された。しかしそのうち3本が翌春に新芽を出し、多くの人々を勇気づけた。 1973年平和公園に移植され、付近にはその二世も芽生え […]
2013年7月6日 / 最終更新日 : 2015年6月6日 times 戦争 ラガール瀬戸田跡地 駐車場に被爆レンガ ひっそりと10塊並ぶ 原爆が広島市に投下されて、まもなく68年を迎えようとしている。しまなみ海道全通1カ月前の1999年4月にオープンした、レストランと土産物の「ラガールせとだ」跡地に被爆レンガ10塊が、ひっそりと並んでいる。 そのひとつに付 […]
2013年6月29日 / 最終更新日 : 2021年8月10日 times 戦争 日立造船で体験した 英軍捕虜の因島空襲 出版物に克明に記述 1942年(昭和17)から日本の敗戦まで、因島三庄町にあった英軍捕虜収容所におり、日立造船工場で強制労働についていたテレンス・ケリーさんの著書の翻訳作業が進み、因島空襲の実態がさらに明らかになりつつある。 その本は、19 […]
2013年4月20日 / 最終更新日 : 2013年4月20日 times 戦争 米英兵捕虜追悼碑新設 向島町の収容所跡で関係者や住民ら除幕式 第二次世界大戦中、向島捕虜収容所で亡くなった米英の兵士を追悼するメモリアルプレートが向島町のスーパー「エブリイ」敷地内に新設され、15日、除幕式が行われた=写真。
2012年12月15日 / 最終更新日 : 2012年12月15日 times 戦争 総務省の戦災追悼冊子 因島ピースコンサート 写真や概要などを掲載 毎年戦災に関する資料の調査と収集をはかる「全国戦災史実調査報告書」の作成を行っている総務省は11月30日、「平成24年度 全国の戦災の追悼施設・追悼式 中部・中国・四国」を発行した。
2012年12月1日 / 最終更新日 : 2021年8月10日 times 戦争 元英軍捕虜が記した因島空襲の実態 英文書籍の翻訳始まる 因島中庄町在住の岡野誠さんは11月初旬、第二次大戦下に因島三庄町にあった英軍捕虜収容所に収容されていたテレンス・ケリーさんが著した、英文の「日本人と暮らす」を入手した。 ケリーさんは1942年11月から日本の敗戦まで収容 […]
2012年10月6日 / 最終更新日 : 2012年10月6日 times 戦争 総務省が戦災史実を調査 今年は中部・中国・四国 因島空襲追悼行事に注目 総務省は平成22年から、第二次大戦における国内の空襲などのために死亡した一般戦災死没者に対して追悼の意を表すために毎年、「全国戦災史実調査報告書」の作成を行っている。
2012年9月29日 / 最終更新日 : 2015年4月21日 times 上島町 生名と弓削から見た因島空襲を考える 体験者ら32人が集う 対岸の生名島と弓削島から見た、因島空襲を考えようと25日、上島町の生名公民館で「因島空襲報告会」が開催され、体験者ら32人が集まった。
2012年9月8日 / 最終更新日 : 2015年4月21日 times 上島町 上島町生名島全域で因島空襲の調査活動 生名公民館で25日報告会 空襲を受けた日立造船因島工場の対岸の上島町生名島全域で2日、因島空襲の調査活動が行われた。愛媛新聞(8月26日)の因島空襲調査活動の報道をきっかけに初めて実施された。同島在住の村上寛仁さんが案内し、因島空襲を考える会の青 […]
2012年6月2日 / 最終更新日 : 2018年2月9日 times 戦争 因島空襲67年目の出会い 被災者と爆撃跡を見学した市民 三庄空襲で被災した青木忠さん=写真左=が5月16日、爆撃跡を見学した因島田熊町在住の岡野正吉さん(87)=写真中=と初めて対面した。 青木忠さん(旧姓松本)は、昭和20年7月28日、因島三庄町神田の自宅が爆撃され倒壊した […]
2011年12月10日 / 最終更新日 : 2011年12月10日 times 戦争 毎日新聞「因島空襲」写真 日立三庄工場のものと判明 住民の調査で明らかに 毎日新聞は8日、同紙備後面で、「別冊一億人の昭和史 銃後の戦史」(毎日新聞社、1980年)に収められている因島空襲の写真が日立造船三庄工場に対する攻撃のものであることが判明した、と報道した=写真。同写真は、「瀬戸内の太平 […]
2011年10月29日 / 最終更新日 : 2011年10月29日 times 戦争 三庄空襲の全体像を証言 学徒動員生の山内勝さん 軍需工場なければの想い 因島空襲の実態を調査している「因島空襲を考える会」は19日、当時13歳で日立造船三庄工場に動員されていた山内勝さんの案内で防空壕跡、機関砲台設置場所跡、幼い姉妹が空襲で亡くなった場所を見学した。
2011年10月1日 / 最終更新日 : 2019年5月14日 times 因島重井町 国の防空壕23カ所確認 空襲を考える会が調査 土生・三庄・田熊・重井 第二次世界大戦末期の因島空襲を調べている「因島空襲を考える会」は9月25日、因島重井町にある、国の指示でつくられた特殊地下壕(防空壕)の最後のひとつを確認し、島内23カ所すべてを掌握した。 また多くの住民からの情報が寄せ […]
2011年7月16日 / 最終更新日 : 2011年7月16日 times 戦争 重井町の防空壕 調査活動始まる 「因島空襲を考える会」による、今年2回目の防空壕調査が9日、重井町で行なわれた。重井町の小田浦・深浦地区、大浜町の添川地区は、戦争当時、軍用地であったと言われており、資料には国の指示でつくられた防空壕だけでも6カ所ある […]
2011年7月9日 / 最終更新日 : 2011年7月9日 times 戦争 因島空襲を考える会 島内の防空壕を調査 正確な記録残したい 第二次世界大戦末期の因島空襲を調べている「因島空襲を考える会」は2日、田熊町において調査を行い3カ所の防空壕跡地を確認した。
2010年8月7日 / 最終更新日 : 2010年8月7日 times 原田真二 戦後65周年空襲記念日「因島の夏」燃ゆ 5行事に島内外1100人 戦後65周年因島空襲記念日の行事は全部で5つ行なわれ、島内外から1100人が参加した。 開幕は、7月27日午前10時から行なわれた田熊小学校校庭での防空壕空襲ピアノコンサート。約200人の幼児、小学生、住民が参加した。 […]