短編小説ショパンの調べ【9】金蓮寺の井戸

金蓮寺(因島中庄町)

静子は、もうこれが英雄とこの世で会える最後の日と思い、中庄町の金蓮寺への道へ、二人で歩いていた。ここは、村上水軍の菩提寺で、水軍武将の夢の後が偲ばれる。

また、因島市内から出土した土器などを収めた因島市の史料館が建っている。その道の傍に、夫婦井戸と呼ばれる小さな苔むした井戸がある。二つの水は、並んでいるにも関わらず、一つは軟水の雌水と、もう一つは硬水の雄水であり、科学的に分析してみても、それは唯、伝説だけではない事が立証されていた。その昔、互いに想いを寄せ乍らも、添い遂げられなかった男女が身を投じ、この井戸が出来たのだと、言い伝えられている。静子は、石垣の裾の方にある笹の葉を二つ、そっと取ると、笹船を作った。一つの笹船のなかに、雄水と雌水を汲み、それを二つの笹船に注ぐと、胸につけていたブローチを外した。

「英雄さん、左の薬指を出して」

そう言うと、静子はブローチのピンを外し、自分の左手の薬指にさした。鮮血が二つの笹船の水の中に、輪を描いた。

「ちょっと痛いと思うけど、我慢してね」

英雄の指からも、滴り落ちた。それは、ガーネットの様な色をして、二人の血が混ざり合い、弧を広げた。

「私、英雄さんの奥さんになるのが夢だった。ピンクのエプロンを着て、味噌汁の匂いがする様な家庭を作りたいと夢見てたの。私の方から裏切っておきながら、こんな事言えた義理じゃないけど、許してね」

「静ちゃん、僕は…僕は静ちゃんを、世界一の幸せ者にしてやりたかった。君が今まで知っている幸せを、全部集めても足りない様な幸せを、静ちゃんに味あわせて上げようと、思っていた。仕事が辛い時も、あんな家に住んでいても、僕は、静ちゃんを思う時、心が充たされていたんだ」

二人の目からは、涙が溢れていた。

注=中庄のこの井戸は、道路拡張工事の時に壊されて、現存していません。

「これが、私と英雄さんの結婚式よ。私の命は今、英雄さんにあげたの。明日からの私は、抜け殻になった人形よ」
静子と英雄は、笹船の中の水を、飲み干した。そして、傷ついた薬指で、指切りをした。

英雄は、静子の体を求めた事は、一度もなかった。いや、体どころか、口づけの思い出もない。キスをすれば、それ以上求めたくなってくる。それに対して、静子は物足りなさを感じた事はなかった。むしろ、それだけ自分は、大切に扱われていると思えて、嬉しかった。最近の様に、セックスが氾濫している世の中で、知らない男女が会って、何時間もならないのに、唯セックスをして別れるという、動物的な記事を、週刊誌等で読んだりすると、静子は不思議な感じがしたものである。

松本肇(因島三庄町)

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