ふるさとの史跡をたずねて【121】齋島神社(因島大浜町黄幡)

齋島神社(因島大浜町黄幡)

従五位下を授けられた隠島神社最後の候補は大浜町の齋島神社で、いむしま神社と読み隠島神社と同音である。とはいえ、皇太子神社を明治32年に今の名に変えた。だから、なぜ由緒ある名称を捨てていたのか、ということになると他の候補と変わらない。最近知人と話して、中庄町ほどの歴史はなかろうから、まず大浜は除外してよいと結論したばかりであるが、今回順に書いてきたので、再検討してみたい。

因島の古い時代のことを考えるのに、三庄、中庄、重井浦の荘園時代が頭にあって、そこから発展してきたと考えがちであるが、それが過去を見る眼のフィルター、すなわち曇りガラスになっていないかと反省する。フランシス・ベーコンはそのような偏見のタイプを四つのイドラ(偶像)として示した。『ノヴム・オルガヌム(新機関)』(岩波文庫)によると、種族のイドラ(人間本性)、洞窟のイドラ(人間個人)、市場のイドラ(社会生活)、劇場のイドラ(学問)と呼ぶ。そういうものをひとつひとつ剥がしていかないと真実には到達できないというわけである。先入見を取去って考えてみることはなかなか難しい。

古くは広畑の縄文遺跡があり、また後期弥生時代の大石遺跡(重井町)からも近く、古くから人が住んでいたことは確かだろう。また因島の大部分が干拓地であるのに対して、大浜町には扇状地が広がっていることに注意したい。扇状地は自然現象の結果であり、干拓地と違って土木技術の進歩を待つ必要がなかった。さて、因島大橋の下の海を和刈(めかりの)瀬戸と呼ぶ。和布刈神事(めかりのしんじ)というのは、神功皇后伝説にもとづく。近くに和布刈神社や住吉神社はなく、岩子島の白砂青松の海水浴場があったところは厳島神社で、関係はなさそうであるので、神武天皇御座石があり、またかつては御留松とか艫取松と呼ばれた、神武天皇が風待に船を留めた松があったということだから、伝説の上塗りのような形で和布刈神事があったのだろうか。こうしてみると、神武天皇伝説の真偽はともかく、大浜町の古い時代にもっと注目してもよいのかもしれない。

(写真・文 柏原林造)

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