ふるさとの史跡をたずねて【68】百島茶臼山城跡(尾道市百島町)

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百島(ももしま)には、細島と同じようなドクターヘリのヘリポートがある=写真上=が、ドクターヘリには乗せてもらえないので、通常の航路で行く。向島の歌港からフェリーが出ている。対岸にある浦崎の戸崎港経由で高速船を使うと便数が増える。

茶臼山は百島の北東にあるのだが、標高90メートルほどで、南に更に高い山があって、船上から何度もシャッターを押したが、いい写真は撮れなかった=写真中

その茶臼山へは、百島村上氏ゆかりの西林寺の隣の坂を登る。突き当たりの右手が目指す茶臼山である。竹藪の中を登り抜けると、ウバメガシの群生する尾根に出る。樹下は日当たりが悪いせいか草が生えてなく、快適である。段差のある尾根を北へ進む。頂上付近に=写真下=は砦があったのであろう。また、低い山だから、方々に登山道があったと考える方が自然であるが、潅木に覆われていて見えない。

さて、茶臼山は大浜の村上丹後守吉房の嫡子吉高の居城だと言われている。なぜ嫡子かと言うことになる。丹後守吉房も百島に移住していたということからなのだろうか。それでは百島田島連合軍が大浜幸崎城を攻めた千人塚の戦いは、誰を攻めたのかという疑問が生じる。丹後守吉房は大浜に帰っていたのか、あるいはもう一人別の丹後守がいたのかということになる。…確かなことはわからない。

(写真・文 柏原林造)

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