ふるさとの史跡をたずねて【48】船隠し(因島三庄町三ケ崎)


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船隠し(因島三庄町三ケ崎)

美可崎城の西の海岸が船隠しだったと言われている。弓削瀬戸に面した南側の海岸である=写真上(弓削から)。一方、北側の三庄湾の入口の海岸だとも言われる=写真下(椋浦峠から)。

当時の人が船隠しと呼んでいたかどうかはわからないが、船隠しという言葉には三つの意味があるように思われる。

一つは、敵に襲われないように船を隠しておくところ、二つ目は、敵が近づくまで気づかれないように隠しておくところ、そして、隠すということにこだわらない単なる船溜り。

美可崎城としての船隠しは、後二者の意味と考えてよいだろう。近くには水ノ浜、釜ノ浜と呼ばれる砂浜などがあるが、先端から離れれば機動性に欠けるだろう。

弓削瀬戸に面していることと入江になった広い砂浜があることから南側がいかにも船隠しにふさわしいように思われる。しかし、海には潮の干満があるので潮が引くに連れて船を沖へ出しておかないと出航できなくなる。そう考えると北側が適している。

とは言え、場所に応じた用い方をすれば、どちらも利用できたかもしれない。

(写真・文 柏原林造)