2012年4月21日 / 最終更新日 : 2012年4月21日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【46】秀策の兄弟子本因坊秀和(4)跡目とその跡目が継承 9歳の少年再び江戸へ 江戸時代の囲碁史の裏面をのぞいてみると、名人碁所をめぐって棋院四家が鎬(しのぎ)を削る抗争の時代であったともいえます。争碁は実力の勝ち負けで決まりますが碁所の座を獲得するには、実力以外の世才や幕府 […]
2012年4月7日 / 最終更新日 : 2012年4月7日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【45】秀策の兄弟子本因坊秀和(3)跡目とその跡目が継承 連れ戻された俊平 和三郎は、わが子の才能に期待をかけ江戸の頂点に立つ本因坊丈和の内弟子として預け伊豆に帰ってきました。丈和といえば当時の囲碁界では泣く子もだまる官賜碁所の地位にありました。囲碁の家元四家(本因坊、井上、 […]
2012年3月31日 / 最終更新日 : 2012年3月31日 times 囲碁 虎ちゃん囲碁まつり 秀策記念館で小中高対局 学校や公民館などで囲碁を習っている小中高生45人が参加して、第15回虎ちゃん囲碁まつりが27日、本因坊秀策囲碁記念館で開催された。
2012年3月31日 / 最終更新日 : 2012年3月31日 times 囲碁 福井盛人さんが第5期囲碁名人 第5回尾道市民囲碁大会が18日、尾道市総合福祉センターで行われ、因島土生町の福井盛人6段=写真=が第5期囲碁名人になった。201人が参加した。
2012年3月31日 / 最終更新日 : 2012年3月31日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【44】秀策の兄弟子本因坊秀和(2)天才児秀和の生い立ち 第十四世本因坊秀和は幼名を土屋俊平といい、文政3年(1820)生まれというから秀策より18歳年長である。土屋家は伊豆の君沢群小下田村だが先祖は甲斐武田の落人、土屋新左衛門を遠祖として代々名主をつとめた旧家だったと土肥町の […]
2012年3月17日 / 最終更新日 : 2012年3月17日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【43】秀策の兄弟子本因坊秀和(1)跡目とその跡目が継承安泰 天才児秀和のエピソード 日本棋院創立80年を記念して建設された囲碁殿堂記念館入りした本因坊秀策生家の代理として記念式典に出席しての帰途、静岡県三島駅で下車。友人の運転で伊豆半島の土肥町小下田に向った。幕末の名棋士本因坊 […]
2012年3月10日 / 最終更新日 : 2012年3月10日 times 囲碁 福井盛人6段 囲碁県大会へ 因島土生町の福井盛人6段=写真=が4日、囲碁の第58期中国本因坊戦県東部地区予選のBグループで優勝し、県代表決定戦への出場を決めた。
2012年3月10日 / 最終更新日 : 2012年3月10日 times おかめはちもく 虎ちゃん囲碁まつり 13路盤の役割 虎ちゃん囲碁まつりが27日(火)尾道市因島外浦町の本因坊秀策囲碁記念館で開かれる。秀策の幼名「虎次郎」にあやかって小中高生を対象に年1回春休み期間に尾道市囲碁のまちづくり推進協議会が開催、今回で15回目になるという。
2012年3月10日 / 最終更新日 : 2012年3月10日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【42】秀策改名のエピソード(6)本因坊家跡目の下心 跡目の跡目願い 二度目の江戸留学となる本因坊家預り弟子である安田秀策は三か年のうち毎年一段ずつ昇段という驚異の記録を残しました。天保14年囲碁姓名録によれば初段以上の有段者は全国で258人。そのうち四段は四家(本因坊、井 […]
2012年3月3日 / 最終更新日 : 2012年3月3日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【41】秀策改名のエピソード(5)本因坊家跡目の下心 登り竜の勢い 9歳で江戸・本因坊家へ入門。11歳で初段。13歳二段格、10か月後三段(13歳夏)昇進。天保14年、秀策15歳になってからは兄弟子や先輩との対局が多くなっていることが棋譜として残されている。この時代、秀策に […]
2012年2月11日 / 最終更新日 : 2012年2月11日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【40】秀策改名のエピソード(4)本因坊家跡目の下心 本因坊家の思惑 本因坊家にとって「百五十年来の碁豪」と秀策少年の天賦の才に惚れ込んだ碁家総元締の官賜碁所第十二世本因坊丈和。九段で名人。実力は俗に十三段ともいわれ、前聖は四世本因坊道策そして後聖が丈和に冠せられている。そ […]
2012年2月4日 / 最終更新日 : 2015年9月14日 times 囲碁 初の囲碁女流秀策杯 全国の愛好家が参加 万波プロ二段が優勝 第60回本因坊秀策囲碁まつりの一環である第1回女流秀策杯が1月28・29日、尾道市で行われ、万波奈穂二段(日本棋院)が優勝し賞金50万円を獲得した=写真。準優勝(賞金20万円)は矢代久美子五段(日本棋院)。 プロとアマ8 […]
2012年2月4日 / 最終更新日 : 2015年6月2日 times 囲碁 華やいだ女流秀策杯「来年もきてね」と囲碁のまちづくり 因島の「市技」―囲碁のまちづくりを継承した尾道市は第60回本因坊秀策囲碁まつりに「第1回女流秀策杯」を計画して1月28・29日の両日尾道国際ホテルを主会場に開いた。 江戸末期の因島出身の天才棋士本因坊秀策にあやかって囲碁 […]
2012年1月28日 / 最終更新日 : 2012年1月28日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【39】秀策改名のエピソード(3)本因坊家跡目の下心 14歳の夏 三段格に昇進 桒原虎次郎改め安田栄斎―秀策となり、この間、江戸では「安芸小僧」の名で話題にのぼるようになっていました。備後の国、因島生まれだが、他国の人たちは三原も尾道も備後でありながら安芸広島浅野藩の分家筋 […]
2012年1月21日 / 最終更新日 : 2012年1月21日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【38】秀策改名のエピソード(2)本因坊家跡目の下心 9歳で江戸・本因坊家に入門した安田栄斎。弘化元年16歳で2度目の帰郷。弘化3年17歳のとき三原城主浅野甲斐守より増禄の沙汰があり秀策自身江戸の家元を背負って碁界の頂点に立とうという野心はなかった。身分はあくまで三原藩士に […]
2012年1月14日 / 最終更新日 : 2017年11月23日 times 国際ソロプチミストしまなみ 子ども囲碁大会 本因坊秀策囲碁記念館 幼小中高生46人が参加 第3回本因坊秀策囲碁記念館子ども囲碁大会が7日同記念館で開かれ、広島県内、大阪、岡山、愛媛、山口から46人の幼小中高生が参加し、熱戦を繰り広げた。 19路と13路5グループで行なわれた。山本賢太郎五段(日本棋院)の指導碁 […]
2012年1月14日 / 最終更新日 : 2012年1月14日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【37】秀策改名のエピソード(1)本因坊家跡目の下心 栄斎改め秀策 大阪で大金星をあげた安田栄斎(寛斎)は江戸車坂の本因坊家の道場に入ったのが8月末のこと。栄斎にとっても転機となる二つの出来事が待っていました。
2011年12月24日 / 最終更新日 : 2011年12月24日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【36】「耳赤」のエピソード(7)起死回生の一石三鳥の妙手 天皇も興味そそられる 大阪での「耳赤の局」は京都に伝わりました。大阪で栄斎と対局、中押し敗けした中川順節から京都に居た河北房種五段にその時の棋譜がとどけられ「これが13歳の少年か…」と着手の手順に非凡なことに驚きました。 […]
2011年12月17日 / 最終更新日 : 2011年12月17日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【35】「耳赤」のエピソード(6)起死回生の一石三鳥の妙手 百五十年来の門風 虎次郎改め安田栄斎は天保8年11月、芸州浅野家の家臣寺西右膳に連れられて出立。年の暮れに江戸は上野車坂下の本因坊家道場に着いています。年わずか9歳で、当時は成人すればお伊勢参りに別れの水杯(みずさかずき […]
2011年12月10日 / 最終更新日 : 2011年12月10日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【34】「耳赤」のエピソード(5)起死回生の一石三鳥の妙手 秀策青年の芸道秀逸 この対局から3年後の嘉永2年2月。幻庵因碩は中国筋を行脚の途中、尾道を訪れ、豪商橋本竹下茶園で町の人の問いに答えて「秀策の芸道は秀逸。18歳にて既に上手(七段位)の域に達する力を備え、その上、今後ど […]
2011年12月3日 / 最終更新日 : 2015年6月2日 times 本因坊秀策囲碁記念館 秀策記念館子ども囲碁大会 小中高生を対象にした第3回本因坊秀策囲碁記念館子ども囲碁大会が1月7日午前9時30分、同記念館で開催される。 13路と19路に別れ、棋力に応じた対局を行なう。大会審判長は山本賢太郎五段(日本棋院)。全員に参加賞、成績優秀 […]
2011年12月3日 / 最終更新日 : 2011年12月3日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【33】「耳赤」のエピソード(4)起死回生の一石三鳥の妙手 耳赤3日がかりの碁 当時としては時間制限もなければコミもありません。プロ・アマの段・級位は同格でした。因碩八段に対し秀策四段の最初の一局は黒2目で打ち、あまり時間をかけずに打ち掛け(勝負中断)、都合5回の対局のうち秀策3 […]
2011年11月26日 / 最終更新日 : 2011年11月26日 times 囲碁 第一回囲碁女流秀策杯 出場プロ棋士決まる 1月28・29日、尾道市 来年1月に尾道国際ホテルなどで開催される第60回本因坊秀策囲碁まつり《第1回女流秀策杯》の出場プロ棋士8人が発表された。優勝賞金50万、準優勝20万。
2011年11月26日 / 最終更新日 : 2011年11月26日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【32】「耳赤」のエピソード(5)起死回生の一石三鳥の妙手 耳赤の歴史的誤伝 耳赤の対局は当時としては珍しい三日がかりの碁。どのくらい時間が使われたのかは不明です。それにしても幻庵因碩準名人八段に秀策四段は二子戦の手合い割りが順当。初日の二子の打ち掛けに引き続いて2日目も打ち継 […]
2011年11月19日 / 最終更新日 : 2011年11月19日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【31】「耳赤」のエピソード(4)起死回生の一石三鳥の妙手 安田秀策黒先で金星 秀策を黒定先と認めたのは十一世井上幻庵準名人八段の方からでした。この頃の手合い割によると対局ごとに黒をもつ二段差のハンディーです。安田秀策は芸州浅野藩士並みに増禄を受け本因坊家への入門はあくまで「預り […]
2011年11月12日 / 最終更新日 : 2011年11月12日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【30】「耳赤」のエピソード(3)起死回生の一石三鳥の妙手 上府の途中、大阪(当時大坂)に立ち寄った秀策は訣(わけ)あって当地へ3か月も滞在することになります。おそらく中川順節が井上家の師匠で準名人の幻庵因碩の帰阪を待ち秀策と対局させようという魂胆から色々な理由をつけ引き留められ […]
2011年11月5日 / 最終更新日 : 2011年11月5日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【29】「耳赤」のエピソード(2)起死回生の一石三鳥の妙手 秀策の生涯で5本の指に入る有名局として「耳赤の一手」は伝えられている一つで、姓を安田と名乗っていた天保14年、15歳で四段の免許を受けた頃から「一、三、五」の秀策流を試みはじめています。弘化元年、16歳。10月に江戸を […]
2011年10月29日 / 最終更新日 : 2011年10月29日 times 本因坊秀策 砂絵で迫る「秀策流」赤耳の一手を描く「九頭龍」富山の高橋さん 幕末の天才棋士で後世になって「碁聖」と仰がれる第十四世本因坊跡目秀策を顕彰する尾道市因島外浦町の囲碁記念館に富山市の現代美術作家高橋りくさんが秀策の妙手として語り草になっている「耳赤の一手」を題材にして描いたという作品「 […]
2011年10月29日 / 最終更新日 : 2011年10月29日 times 本因坊秀策 囲碁記念館3周年 本因坊秀策を偲び復元生家で茶会 本因坊秀策囲碁記念館(木村修二館長)が9月27日で3周年を迎えたのを記念する第一回本因坊秀策茶会が23日、復元された生家で行なわれた。
2011年10月29日 / 最終更新日 : 2011年10月29日 times 碁打ち探訪今昔四方山話 碁打ち探訪今昔四方山話【28】「耳赤」のエピソード(1)起死回生の一石三鳥の妙手 十一世井上幻庵因碩と対局 秀策は9歳で江戸の本因坊家に入門、故郷因島外浦に4回帰郷している。2回目の帰郷も一年余りを過した弘化3年(1846)18歳の春4月。3度目の江戸に向け出発します。この度の出府では途中大阪で2人の […]