ふるさとの史跡をたずねて【428】小学校史⑧土生小学校
小学校史⑦大浜小学校
土生村では明治6年3月1日に對潮院に「土生学校」が創立された。翌年土生町字中畝に移転され明治12年「土生小学校」と改称された。明治20年に「土生簡易小学校」(3ケ年)と改称され、翌年「土生尋常小学校」(4ケ年)と改称された。明治33年の第三次小学校令は明治40年に改正され、尋常小学校が6年の義務教育となった。それを受け、明治41年に5学年を設け、翌明治42年に6学年を設けた。そして大正7年高等科が設置され「土生尋常高等小学校」と改称した。
前回大浜村から重井尋常高等小学校へ通った例を紹介したが、土生村から重井村まで通った例が土生小学校の『創立120周年記念』誌に紹介されている。それも修業証書の写真㊤があって誠に貴重な資料である。それには「高等小学校第弐学年の課程を終業セシムコトヲ證ス明治丗一年三月丗一日廣島懸御調郡重井村立重井尋常高等小学校」と記されている。また冒頭に番号が「第九五號」とある。1年に95人もの高等科の修業生がいるとも考えられないので、高等科開設以来の通し番号だと考えると、高等科は28年5月に4ケ年に改められており、また高等科2年に定着するのは明治40年であるから、これは4年課程のうち2年課程でも修了できたということで、その95人目だと考えられる。
さて、その通学路であるが、明治30年の測量地図=写真㊦=で考えると田熊村をどう越えるかが問題となる。海岸沿いは全て全通しているとは考えられない。すると山伏山と竜王山の間を通って西浦に出、小田浦から現在の運動公園横を通って一本松よりやや西の山田口へ出るルートが考えられる。しかし土生重井間を毎日1往復するのは、体力気力共並みのことではできないと思う。
(写真・文 柏原林造)
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