短編小説ショパンの調べ【23】
デニムで、ナナハンに乗っては走り回っていた拓也が、年を明けてからは、商工会議所の寄り合いだとか、商店街の会合とか、JCの集まりだとか言っては、スーツでプジョーに乗り、夜遅く帰って来る日が、週の内2、3回は続く様になった。
酒を嗜まない拓也に、飲酒運転の心配は無かったが、そんな時は決まって、女の匂いを残して帰宅していた。
夫ではあるが、愛している訳でもなく、その事に関して、静子は特にジェラシーを持たず、他人事の様な感情で、知らぬ顔をしておれる自分が、自分乍ら不思議だった。
『幸せな家庭は似通っているが不幸せな家庭はそれぞれ異なっている』とアンナ・カレーニナの中でトルストイは書いているが、自分達は一体、世間の目にどの様な家庭として写っているのかと、静子はふと思った。
その日は、朝から雨が降っていた。拓也が身支度を整えて、コートを持った時ポケットからリボンのかかった小さな箱が落ち、静子の目の前に転がった。突然の事で、その箱を拾うべきかどうか迷っていると、拓也が自分でその箱を拾った。
「これが、誰へのプレゼントか、何故問いたださぬ。お前は、俺に女が出来た事を知っていても、俺が遅く帰ってきても、何も知らぬ顔をしている。夫婦なら、嫉妬をするのが普通じゃないのか。お前は何時も、俺に抱かれている時も、海の中まで入って見送っていた男の事を、思っていたのだろう。俺が他の女と寝る。お前は他の男の事を思う。まあ、さしずめ、おあいこだな」
拓也にしてみれば、その中の指輪に静子以外の女のイニシャルが刻んである為、静子へのプレゼントだと言ってごまかす事が出来ず、うろたえて言ったのであろうが、余りの情けなさに、静子は傘も持たず飛び出していた。後ろで拓也が、何か言った様な気がした。外には、沈丁花が雨に打たれてより一層香りを増していたが、今の静子には、それに気付く程心の余裕は無かった。
松本肇(因島三庄町)
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