短編小説ユトリロの街【11】

三宮の駅を降り、交差点を渡って西へ50メートル位戻った所に、健吾の店『アリス』はあった。30代も半ば位だろうか、女の従業員が接客している。

民芸品のバッグから靴、ミサンガ、ゴブラン織りのタペストリーなど、お洒落に置いているのを見ながら、ロシアのマトリョーシカを手に取った時だった。

奥の部屋のドアが開いて、50歳前後の品の良い女性が入って来た。身につけている物や、その振る舞いから一目で健吾の妻である事が分かった。

これは早く店を出なければ、不味(マズ)い事になると思っていたら、その女性が近づいて来た。

「いらっしゃいませ、観光ですか?お気に入りの物は有りましたでしょうか?」

「……」

「少し足を延ばせば、摩耶山や須磨海岸などあって、結構、若い方にも人気ですよ。六甲へ行けば、搾りたての牛乳も飲めますの」

「もし、宜しかったら、お茶でも如何ですか」

麗香が固辞しようとする間もなく、有無を言わさなぬ内に、奥へと誘われて行った。店の奥のドアを開けると、6帖程のリビングになっていた。

「お紅茶がいいかしら、それともコーヒー?」

そう言い乍ら、サイドテーブルの上に置いてあるポットから、ダージリンを入れてくれた。

「間違ってたらご免なさい。麗香さん…、氷室麗香さんですよね」

麗香の顔から、血の気が引いていくのが、自分でも分かった。

「私、サヤカ。健吾の妻の塩澤サヤカです。主人から貴女の事は、聞いているの。私、癌で後三ヶ月だって、主治医から言われているの。転移してしまって、気が付いた時は、末期だったのね。でも良かった。私の思っていた通りの方で。初めて貴女の事を聞かされた時、驚かなかったって言ったら嘘になるわ。尾道大学の、画学生さんなんですってね。服装や仕草で、すぐに貴女だって分かったわ。主人の事、宜しくお願いしますね。勘違いしないで下さい。嫉妬で言ってるんじゃないんです。私が亡くなった後、あの人は一人で暮らしていけないから…」

サヤカと言う、健吾の妻は、少し微笑んで静かに言った。

松本肇(因島三庄町)

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