短編小説ショパンの調べ【24】山口駅

家から山口駅まで、どのようにして来たのか静子は分からなかった。傘もささず、ずぶ濡れで走って来た静子の姿を、改札口の駅員達も、訝(いぶか)しがって見ていたが、丁度ホームへ入って来た、小郡行きの列車に飛び乗った。湯田温泉駅より山口駅の方が、家からは近く、走って5分位の所にあった。

列車は山口駅を出ると、湯田温泉駅、矢原駅と各駅に停車しながら、小郡駅へ向かっていたが、仁保津駅の近くで、軽い衝撃を受けて止まった。赤信号の踏切りで、無理に渡ろうとした、軽トラックと衝突したそうで、復旧まで何時間かかるか分からないという事だった。幸い怪我人もなく、軽トラックの運転手も、車から降りて、無事だったそうだ。

家を飛び出して来たものの、このまま因島へ帰る訳には、いかない。結婚式の日が近づくにつれてやつれていった父隆文の姿が思い出された。歳を少しばかり過ぎた父が、静子の結婚式の時には、歳でも越えているおじいさんの様に、老け込んでいた。「静子、辛い事があったら、何時でも帰ってこいよ」と父はポツンと言ったものだ。このまま帰ると年老いた父母に、心配をかける。自分一人が、我慢をすればいいのだと、思い直して静子はタクシーの運転手に、『ディラン』への行き先を告げた。

「さっきは御免、俺が悪かった。言い過ぎだった。駅の所で、列車事故があったというんで、お前が飛び込み自殺でもしたのかと思って、心配したよ」

静子が帰ると、拓也は意外にも外出しないで、家の中でオロオロしていた。

「もう、アイツとは今日限り会わないよ。別れる。約束するよ。許してくれ」

拓也は、さっきまでの強気は何処へやら、平静に戻っていた。相手の女は、総合病院に勤めるナースで、常勤、非常勤と有り、彼女と出会ったのも、夜勤の日、たまたま病院まで、オートバイに乗せたのが、きっかけだった。結婚して、初めて知った拓也の浮気だったが、男と女の関係が、そんなに簡単に終わるものだろうかと、静子は半信半疑で、聞いていた。

松本肇(因島三庄町)

山口駅

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