ふるさとの史跡をたずねて【113】廻国供養塔(因島中庄町寺迫)

廻国供養塔(因島中庄町寺迫)

因島中庄町の駐在所から山沿いの道を東へ進むと、切り立った崖があり、かつての海岸線を想像することができる。

コンクリートで保護された崖の下に写真のような六十六部廻国供養塔がある。7月豪雨で少し壊れているが。

法華経を六十六部写して、一国一寺で全国六十六箇寺に奉納して廻った修行者を六十六部行者、略して六(りく)部行者、あるいは六部と呼んだ。

現在のお接待にまで続いている布施というのは原始仏教最大の発明で、仏教を世界宗教にした理由の一つだと私は思うのだが、反面危険な毒を内包している。六部行者も布施に助けられて多くなるが、それを悪用する者の多さに、明治4年に政府が禁止して廻国供養の制度そのものも無くなった。

六十六箇国奉納達成の結願記念碑が六十六部廻国供養塔として、これも布施によること大だったと思われるが、各地に建立されて今も残っている。因島三庄町観音寺には奥山の中腹にかけて三十三観音があるが、その二番のところから左へ入った円福寺跡に1基。因島田熊町では浄土寺の鐘楼近くの岡野氏先祖碑の向かいにある、マツボックリを供えているツングリ地蔵さんの隣。因島重井町では善興寺の鐘楼の隣に1基、六地蔵の裏に1基、これは7月豪雨で埋まり、現在掘り出されて下の駐車場にある。また川口大師堂(島四国八十四番屋島寺)の裏に1基。因島中庄町には山口に1基。近くに六部山がある。釜田の天満屋前の道端に2基。そしてここに2基。私が知っているのは以上10基ということになる。

多くは、中央に「奉納大乗妙典六十六部(日本)廻国供養」、脇に「天下泰平 日月清明」、年号、名前などが刻印されている。右側の長方形の塔身の上に地蔵尊の載ったものは因島中庄町では珍しいが、因島重井町善興寺の鐘楼横のものと同じタイプである。

周辺にあるのは村四国の御本尊や大師像であろう。

さらに道なりに進むと因島北認定こども園のところに出る。その先のゲートボール場とともに、かつては溜池があり、長い間ひょうたん池というのだろうと思っていたら、信号がついて片刈池と表示されたのには驚いた。片刈の意味は未だにわからない。

(写真・文 柏原林造)

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