ふるさとの史跡をたずねて【76】村上直吉の墓(因島田熊町浄土寺)

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村上直吉の墓(因島田熊町浄土寺)

竹島城主で岩城八幡山城主でもあった村上直吉は島前城跡である因島図書館のあるところにも住んだと言われ、その墓は田熊町の浄土寺にある。竹島にも墓跡があると書かれている。ならば浄土寺のものは改葬されたものか。

因島村上氏の菩提寺であった長源寺(因島図書館下)が焼失した時、移転先を浄土寺にしたいと岡野氏に相談し、整備したのが直吉だと言われているが、そうはならなかった。その浄土寺の直吉の墓は田熊八幡神社を抜けて南側から入って登ったところにあった。ということは墓地、八幡神社、竹島がほぼ直線上にあり、さらにその先に岩城八幡山城跡があるということになって、まことに興味深い。

さらに興味深いのは、直吉の終焉である。直吉の夫人は能島村上氏の出で、絶世の美人であった。その夫人に横恋慕した直吉のいとこが毒を盛ったという話である。こういう話は偉い人物の早すぎる死を惜しんで作られることが多いが、文禄3年(1594)のことであるから、何らかの資料がありそうである。

しかし、夫人の死後あの世での二人の世界が鶴亀のように仲むつまじくあるようにと、隣の鶴島と並んでいる竹島を亀島と呼ぶようになったという話は、やや無理があるように思われる。

(写真・文 柏原林造)

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