ふるさとの史跡をたずねて【18】長崎城跡(因島土生町荒神平)

長崎城跡(因島土生町荒神平)

天授3年(1377)霜月15日の釣島箱崎浦の戦いで今岡通任に勝った村上師清は、子息吉豊を現在ナティーク城山がある丘に住ませた。慶長5年(1600)関ヶ原の合戦敗退後、周防長門二州に封じられた毛利氏に従い、因島を去るまでの225年間が因島村上氏の時代である。

吉豊を初代として、吉資、吉光、吉直、直吉、吉充、吉亮、元充の八代である。そのうち、六代吉充が向島余崎へ移るまでの180年間六代にわたって長崎城を本城とした。

ナティーク城山に上がる石段の下に「広島県史跡因島村上氏城跡(長崎城跡)」と書かれた史跡標と説明板がある。その隣は、多数の巨大な船舶を浮上させただけでなく、因島や周辺の島々をも浮かべていた日立造船株式会社因島工場の正門があった所である。ということは、ここを中心にしてかつて因島は歴史上2度に渡って、燦然と輝いていたということである。このことを長く心に留めておこう。

(写真・文 柏原林造)

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