2007年3月17日 / 最終更新日 : 2007年3月17日 times 空襲の子 空襲の子【28】因島空襲と青春群像 62年目の慰霊祭 小丸正人さんに捧ぐ(上) 田熊町の小丸正人さんは昭和20年7月28日、米軍の空襲により、日立造船因島工場内の職場近くで亡くなった。定盤工場の前にあった仮設の防空壕が爆撃で直撃され、そのなかで圧死したのだ。正人さんは大正2年3月27日生まれ32歳 […]
2007年3月17日 / 最終更新日 : 2007年3月17日 times せとうち花壇 接木せし「はるみ」の芽立ちぐんぐんと実のなる日まで夢はふくらむ 島田 義治 近ごろは、蜜柑の品種もいろいろとあって、糖度の高いものが店頭に並ぶようになった。私どもが一寸目にするだけでも「きよみ」「はるみ」「はるか」「せとか」「はれひめ」という品種名があげられる。江戸時代にはハッサク […]
2007年3月10日 / 最終更新日 : 2007年3月10日 times おかめはちもく 因島外浦町に生家の復元と囲碁資料館 仮称・囲碁の館 旧因島市の「市技(囲碁)」を平成の合併で引き継いだ尾道市。後世になって「碁聖」と仰がれる本因坊秀策生誕の地、因島外浦町に生家の復元と囲碁資料館=仮称・囲碁の館=を建設することになった。
2007年3月10日 / 最終更新日 : 2007年3月10日 times 空襲の子 空襲の子【27】因島空襲と青春群像 62年目の慰霊祭 尾商同期の想い 3月7日の夕刻、故阿部正さんの墓に参ることができた。尾道市因島土生町にある臨済宗・対潮院の小高い丘のほぼ頂上にそれはあった。阿部さんがそこに永眠されているのを知ったのは昨年7月のことだった。墓碑には、 正岳良俊居士 長 […]
2007年3月3日 / 最終更新日 : 2007年3月3日 times 空襲の子 空襲の子【26】因島空襲と青春群像 62年目の慰霊祭 故阿部正さん 土生は戦場だった。2回にわたって掲載した常盤正和さんの追悼文「阿部正君の死」を読んでの感想である。土生町から三庄町につづく日立造船因島工場、土生町のほぼ全域、7区・8区を中心にした三庄町は、激しい空爆と機銃掃射に襲われ […]
2007年3月3日 / 最終更新日 : 2007年3月3日 times おかめはちもく 遊び心を失った行政 福山駅在来線プラットホームへのエスカレーター脇に「鳩にエサをあげないでください」という大きな立て札。いつごろからかホームに鳩が遊びに来るようになった。乗降客が餌をやるから余計に集まってくる。ホームは食べ残しの餌や糞(ふ […]
2007年3月3日 / 最終更新日 : 2015年4月12日 times sports 「樽募金」に支えし小さな大投手逝きたりし夜亡き夫に語る 柏原 麗子 樽募金と耳にするだけでもなつかしいことばである球団結成当時は、スポンサーもなく、広島県の市民によって支えられている広島カープ球団であるだけに、普通の入場料金のみではどうにもならず、球場の入口には木の樽を置いて […]
2007年2月24日 / 最終更新日 : 2007年2月24日 times おかめはちもく 尾道・三原の工業出荷額が拮抗 逆転の場合も ”商都尾道”と”企業城下まち三原”の工業出荷額が拮抗してきたことが広島県統計調査室の統計速報値に出た。
2007年2月24日 / 最終更新日 : 2007年2月24日 times 空襲の子 空襲の子【25】因島空襲と青春群像 62年目の慰霊祭 阿部正君の死(続) 私達の職場は北と西側が煉瓦積で、東と南が窓になっている建物でした。煉瓦の壁が30センチ位あり、これなら大丈夫と思って北、西の隅へ急いだ。一番奥へ阿部君、続いて私、そして柏原大典、須田禎之、藤原進治、柿原貢の諸君が必死の […]
2007年2月17日 / 最終更新日 : 2007年2月17日 times おかめはちもく 日本酒のルーツをさかのぼると… 日本酒のルーツをさかのぼると、どのくらい昔にたどりつくか分からない。私たちの生活文化の身近にあるのは、お祭りのイベントに登場する神代神楽で演じられる「オロチ退治」の酒造りの場面である。うら若き清純な姫が米をかみくだいて […]
2007年2月17日 / 最終更新日 : 2007年2月17日 times 空襲の子 空襲の子【24】因島空襲と青春群像 62年目の慰霊祭 阿部正君の死 わたしは昨年7月、土生町出身の尾道商業学校学徒動員生の阿部正さんが日立造船因島工場で空襲をうけて亡くなり、「阿部正君の死」と題する追悼文が同校同窓会誌に掲載されていることを知った。執筆されたのは常盤正和さん(48回生) […]
2007年2月17日 / 最終更新日 : 2007年2月17日 times せとうち花壇 夫と伐るミカンの古木チェンソーの唸りは木霊(こだま)の叫びとも聞く 吉原 浩子 ミカン木の効率の悪い、植えて30年40年と経った古木を夫婦で伐り倒している情景である。ここ数年、急に実りの悪くなった木を、今年こそはと言いながらなかなか決断は出来なかったが、思いきって伐ることにした。
2007年2月10日 / 最終更新日 : 2007年2月10日 times おかめはちもく 新しく適正規模校をつくるか、今のまま継続するか いま、国会では教育基本法がさわがれ尾道市因島南部の三庄、田熊の両町では小学校の統廃合問題が俎上(そじょう=まないたのうえ)にのぼっている。それが、なぜなのか、また、なぜ今なのか一般住民にはわかり難い。理由はいろいろある […]
2007年2月10日 / 最終更新日 : 2007年2月10日 times 空襲の子 空襲の子【23】因島空襲と青春群像 62年目の慰霊祭 宮地茂・大学局長のこと 宮地茂・元福山大学総長(1914~2005)=写真=は因島土生町出身で、尾道名誉市民、福山名誉市民である。広島大学に在籍していた23歳のときわたしは、中国新聞社の対談企画で印象的な出会いをした。東大・日大をはじめ大学闘 […]
2007年2月3日 / 最終更新日 : 2007年2月3日 times おかめはちもく 傍目八目 本因坊秀策杯(賞金百万円)の決勝戦を観戦して 傍目八目(おかめはちもく)―当事者よりも第三者のほうが損得抜きで客観的に物事の是非や利害得失がよくわかる、ということわざ。 囲碁から出たことばで「傍目」は、そばで見ている人のこと「八目」は実力よりも八手先の手順が見え […]
2007年2月3日 / 最終更新日 : 2015年6月10日 times 因島椋浦町 空襲の子【22】因島空襲と青春群像 62年目の慰霊祭 椋浦小学校廃校のこと わたしは、御調郡三庄町で生まれたが、因島市立椋浦小学校の卒業生である。昭和21年に父の松本隆雄が椋浦小学校の校長に着任するとともにわが家族は椋浦町に引っ越したが、2歳にも満たないわたしだけは三庄町に住む祖父母に育てられた […]
2007年2月3日 / 最終更新日 : 2007年2月3日 times せとうち花壇 花推協とう札を差す花壇の半ば素枯れて秋日好天 平本 雅信 終りの一句の「秋日好天」によってこの歌がさわやかに立ち上がっている。秋の季節は秋の七草に代表されるように、秋らしい季節感のある花を一杯に咲かせてくれる時である。また一方では夏花から冬の花々の交替どきでもある […]
2007年1月27日 / 最終更新日 : 2007年1月27日 times おかめはちもく 膳部揃うて箸を取れ わが町の小学校存続についてPTA役員や区長さんらにまかしておれないと、因島三庄町と田熊町の有志が閉校に待ったをかけようと署名運動を始めた。
2007年1月27日 / 最終更新日 : 2007年1月27日 times 空襲の子 空襲の子【21】因島空襲と青春群像 62年目の慰霊祭 三庄小閉校問題に寄せて わたしの旧姓は松本で、父隆雄と母清子の三男として昭和19年10月11日、御調郡三庄町神田に生まれた。現在の青木姓は高校3年の時に、父の後妻として青木行が入籍するかわりに継いだものである。現在、両家を直接継ぐ者で因島在住 […]
2007年1月20日 / 最終更新日 : 2020年3月31日 times おかめはちもく 住民運動に火がつくと消し止めようがない 住民運動に火がつくと消し止めようがない。先祖代々、受け継がれてきた習慣、文化の変化に対応する住民の心理は複雑なものである。行財政改革を旗印に合併特例法にすがった平成の大合併。旧因島市も行政主導型で尾道市へ駆け込み合併。住 […]
2007年1月20日 / 最終更新日 : 2007年1月20日 times せとうち花壇 減反か人手不足か車窓より去年見し畑枯草覆う 増成 君子 年に一回か二年に一回くらいしか通らない道と思われる。乗り物は車でも電車でも同じであるのだが、去年通った時には、あれほど稔り豊かに整然と穂を垂れていた稲田(野菜かも)も一年か二年で枯草の畑となりこのように荒れ […]
2007年1月20日 / 最終更新日 : 2007年1月20日 times 空襲の子 空襲の子【20】因島空襲と青春群像 62年目の慰霊祭 報道する者の責任 すでに述べたように、まったく個人的な体験と発想で因島空襲の調査活動を始めた。しかしまもなく向き合った対象は、個人で立ち向かうにはあまりにも巨大で深刻なものであることを、思い知らされることになる。そこで新聞記者という職業 […]
2007年1月13日 / 最終更新日 : 2007年1月13日 times おかめはちもく 今春は統一地方選挙の年 今春は統一地方選挙の年。亀田良一尾道市長(79)にとっては3期12年目の年明け。政治家でなく経済人を自負しながら中四国の玄関口だった駅前開発、周辺市町との合併。流通団地造成完売など手がけた功績は大きい。その手腕を評価し […]
2007年1月13日 / 最終更新日 : 2007年1月13日 times 空襲の子 空襲の子【19】因島空襲と青春群像 62年目の慰霊祭 ひとつの戦争責任論 昨年12月27日、わたしの妻の母、埼玉県川越市の小島すみ江(享年87歳)がなくなった。妻は1週間ほどの里帰りとなったが、妻が生れた細川家の姉から、東京空襲で身内が3人亡くなったことを聞いて帰ってきた。江東区亀戸に住んで […]
2007年1月1日 / 最終更新日 : 2007年1月1日 times おかめはちもく 新しき年の初春をお慶び申しあげます 猪突猛進 … 一つの目標、目的に向って、がむしゃらに突き進むことのたとえに使われる。 猪が猛烈な勢いで突進するイメージから若さにまかせて猛進する意に比喩される。だが、昨今のイノシシは勇ましい猛進の印象からズル賢い動物 […]
2007年1月1日 / 最終更新日 : 2007年1月1日 times せとうち花壇 山裾に落ちし大きな流れ星興奮さめやらぬ新春のジョギング 岡野 幸子 新春とは言っても、もう一月の五日である。特別に呼び名があるのではないが、初ジョギングである。年末から年始にかけてあれやこれやで忙しくしたので、体の方も少しやわになってはいないかと思いながら、いつもどおりのジ […]
2006年12月23日 / 最終更新日 : 2006年12月23日 times おかめはちもく 今年の県政は知事の辞職勧告で年の瀬を越すことになった。 今年の県政は知事の辞職勧告で年の瀬を越すことになった。行政と議会は「車の車輪」でなければならないことは言うまでもない。どちらかが大きくても、小さくても快適に進んでくれないから県民の乗り心地は好くない。
2006年12月23日 / 最終更新日 : 2006年12月23日 times 空襲の子 空襲の子【18】因島空襲と青春群像 62年目の慰霊祭 証言 星野正雄さん(完) 前号の記述について星野さんご自身から間違いを指摘された。星野さんが身に付けた特殊技能を「定盤(じょうばん)」と取材したにもかかわらず、「旋盤」と書いてしまった。広辞苑には「表面を正しく平滑に仕上げた鋳鉄製の平面盤。この […]
2006年12月16日 / 最終更新日 : 2017年11月11日 times おかめはちもく 注目される因島総合病院・ホテルみやじま・日立会館一帯の再開発 栄枯盛衰は世の常―。日立造船の本業だった造船から撤退する日も近い。日立がクシャミすれば島中が大風邪をひく、とまでいわれた因島工場から新造船部門を撤退したのは20年前。造船マン数千人の人員削減で「島が沈む」とまでいわれた。 […]
2006年12月16日 / 最終更新日 : 2006年12月16日 times 空襲の子 空襲の子【17】因島空襲と青春群像 62年目の慰霊祭 証言 星野正雄さん(下) 星野正雄さんに本紙をお渡したところ読んでいただき、「子や孫にもしっかり読ませますから」との伝言をいただいた。こうしてわたしをいつも励ましてくれる。62年前の空襲の調査という、目標に掲げたものの見通しのたたない課題を前に […]