ふるさとの史跡をたずねて【439】小学校史⑲国民学校修身
小学校史⑲国民学校修身
昭和100年ということは戦後80年ということで、既にそれ以上の月日が経過したのだから、修身という言葉も過去の歴史的用語以上のものではなくなった。それが国民学校の教科・国民科の中に前回の国史同様、科目・修身として存在した。そして戦後否定された。
その修身とはどんなものであったのか考えるには、前回と同様国民学校令施行規則を見なければならない。その第一章第二節教科及科目第三条において次のように記されている。
「国民科修身ハ教育ニ関スル勅語ノ旨趣ニ基キテ国民道徳ノ実践ヲ指導シ児童ノ徳性ヲ養ヒ皇国ノ道義的使命ヲ自覚セシムルモノトス
初等科ニ於テハ近易ナル実践ノ指導ヨリ始メ道徳的情操ヲ涵養シ具体的事実ニ即シテ国民道徳ノ大要ヲ会得セシムベシ
高等科ニ於テハ前項ノ旨趣ヲ拡メテ一層之ガ徹底ヲ期シ特ニ職分ヲ通ジテ公ニ奉ズルノ覚悟ヲ鞏固ナラシムベシ
女児ニ対シテハ特ニ婦徳ノ涵養ニ留意スベシ祭祀ノ意義ヲ明ニシ敬神ノ念ヲ涵養スルニ力ムベシ」
これでは皇民化のための思想教育で、いわゆる道徳(人倫の道)からは離れてしまう。こういうのを、国史と同様今の小学校1年生から習うのだから、何でも物語されると思えばよい。
これらが近代教育の到達点であるが、昭和16年に突然出来上がったものではない。既に尋常小学校、尋常高等小学校の時代からあった流れの延長線上にある。話はそれるが、倒幕・王政復古に身命を賭けた人たちがこのような国になることを願っていたのだろうかと、疑問に思う。
さて、このような過程で集められて作られた話の一部が、海底から藻屑を拾うように集められ書き直されて、郷土の民話・昔話の中心になる。そしてそれを史実だと思う人も多い。こういうものは著作権が曖昧なので再編集してよく印刷され配布される。すると驚くほど好評で迎えられる。
ある年齢以上の人は国史・修身などというだけで嫌悪の情を示す。それと同じほど多くの割合の人が郷土の民話・昔話の類に共感を示す。私の理解しがたいことの一つである。
因島に限ってみれば、今は入手しがたいが多くの話を納めている本「いんのしまの民話と伝説」がある=写真㊦。他の本から選んだものだが、この本も他のところでよく利用される。「修身」の教科書に使えそうな話がないか、探してみるのも一興である。
(文・柏原林造)
[ PR ]ピザカフェつばさ
みょーんと伸びるチーズとこだわりの生地を溶岩石窯で一気に焼き上げます。
テイクアウト歓迎。
尾道市因島土生町フレニール前(旧サティ因島店前)
TEL 0845-22-7511
平日・土曜日 11:00~22:00
日曜日・祝日 11:00~14:00













