ふるさとの史跡をたずねて【426】小学校史⑦大浜小学校
小学校史⑦大浜小学校
大浜村では、明治6年酒井教蔵宅に「養生舎」が設置された。明治8年「養生舎」を「大浜小学校」と改称、校舎を見性寺に置いた。明治15年酒井教蔵宅地を購入して、校舎を見性寺から移した。また、学校の資格を初等科と定めた。明治19年学校の資格を小学教場とする。
明治19年の小学校令第15条によって「地方の状況によっては、簡単な初等教育を施す制度として小学校簡易科を設置して、尋常小学校に代用することを認めた。」(第十五条)。大浜村では明治20年学校の資格を大浜簡易科と改称、単式学級に編成、甲乙丙組と組織した。しかし簡易科は改正小学校令(明治23年)により廃止され、名称を「大浜小学校」と改称。そして明治24年に尋常小学校(修業三ケ年)となり、明治29年に修業4ケ年に改められた。さらに明治41年に5年生を置き3学級に編成するとともに、学校を8区に移転した。
明治33年の第三次小学校令は明治40年に改正され尋常小学校が6年の義務教育となった。すなわち、これ以降尋常小学校といえば6年制を指し、高等科はそれ以上ということになる。明治40年より前は高等科と言っても小学校の修業年数がまちまちだったのであるから、それ以上が高等科であったので、年齢は尋常科の修業年数によって異なることに注意が必要である。
大浜村では、その後大正2年に高等科設置、農業科も加設された。
この高等科の設置が各村で異なり、高等科のないところでは隣の高等科のある村の小学校へ通うという例が見られた。すなわち大浜村では明治43年から大正2年まで重井尋常高等小学校の高等科へ山を越えて通う子供たちがいた。山越えと言っても当時はそのあたりまで畑で山道は整備され人もいたことだろう。しかし現在はその道の大部分は山に戻っている。

図は明治30年測量の地図。A~Fが通学路。Cが村境で白滝山登山道と接する。
(写真・文 柏原林造)
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