ふるさとの史跡をたずねて【158】末広講の碑(因島重井町善興寺)
末広講の碑(因島重井町善興寺)
因島重井町の善興寺の中には善通寺があった。これは、子供にとっては不思議なことだった。因島内の各寺院の多くにもそれぞれ島四国の札所があるから事情は似たようなものであろう。境内神社の場合は神様がいろいろおられるのだろうと思えば、不思議はないが、お寺の中にお寺があるというのは、やはり子供の常識では理解できないことであろう。
その善通寺の境内に末広講の石碑があった。善通寺も石碑も昨年の7月豪雨で倒壊した。写真はそれ以前のものである。石碑には次のように書かれていた。
「奉納四國中霊場 當村末廣講五百七人 願主村上貞兵衛 丁弘化四年 未三月吉日」
その他、建立世話方、取締方などの人名もある。また、
「昭和七年三月建之 現住 道貫代」
とある。このことは何を意味するのであろうか。石碑そのものは昭和7年に建てられたのは間違いない。
私は、昭和7年に建立世話方の人たちが中心になって、この石碑を新しく建て、その時弘化4年時の設立時の役員名を記したのが、取締方の氏名であると考える。そのように考えると、建立世話方、「昭和七年三月建之 現住 道貫代」以外は、昭和7年に伝わっていた、弘化4年の末廣講の状況が記されたものだと考えてよい。
よって、末広講は村上貞兵衛氏が発起人となって弘化4年に作られ、講員が507人いたということがわかる。弘化4年は1847年である。それから島四国の設立を呼びかけたのが明治末年であるから、明治44年とすると1911年で60年以上後のことになる。第二世代、あるいは第三世代の人もいたかもしれない。
こういう石碑が島四国善通寺の境内にあったわけである。75番善通寺は周知のように弘法大師空海の生誕の地ということで
別格であり、島四国設置にあたり特にこの地に定め、重井村の大師信仰の中心となっていた。四国遍路姿のブロンズ像2体が墓参者を迎え、多くの人が善通寺にもお参りした。
(写真・文 柏原林造)
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