ふるさとの史跡をたずねて【211】藤井忠三の墓(因島重井町善興寺)
藤井忠三の墓(因島重井町善興寺)
因島重井町善興寺の墓地の東の端、かつて天理教教会のあったところの上の一角、一段高くなったところにブロック塀で囲まれた立派な墓地がある。藤井家の墓と書かれているからすぐにわかるだろう。
墓誌からもわかるが、明治23年2月生まれの藤井忠三氏は明治40年17歳の時、家族の反対を押し切って単身ペルーにわたった。日本からのペルーへの移民は4回目で、1月5日に出航し2月8日にカヤオ港へ着いた。452人でそのうち広島県人は43人だった。これで合計3,188人となり、広島県人は699人で府県別では全国1位である。移民船は翌年第1回ブラジル移民を運ぶ有名な笠戸丸であった。
藤井忠三氏は日本人の多い耕地で須貝商店に勤め、スペイン語や商業を勉強し、後に日用雑貨食料品店を設立して独立した。第一次大戦中の大正6年に首都リマに進出後、やがてペルーのデパート業界のトップとなり、また多くの社会事業を行った。昭和8年には日本に帰り貿易業に進出した。東京都港区の邸宅へは多くの人が出入りし、日本ペルーの親善に尽くすとともに、郷里の人々の面倒もよくみられた。また重井町の別邸は、後に修養団捧誠会因島支部が置かれ、ここから月刊誌『反省ノ泉』が全国へ配信された。
藤井忠三氏は昭和42年8月19日に77歳で亡くなった。早く別れ他家に嫁いだ妹さんの墓が近くにあるのも故人にとっては喜ばしいことであるに違いない。
なお、多くの店舗を所有されたが、フジイではスペイン語での発音が難しいといういうことで、企業名としては使われず共同経営者の姓を用いた。しかし幸い藤井忠三氏の事績は『日本人ペルー移住の記録』(ラテンアメリカ協会、昭和44年)や尾塩尚『天界航路』(筑摩書房、1984年)で伺うことができる。
写真・文 柏原林造
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