2018年4月7日 / 最終更新日 : 2018年4月10日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【80】三庄小学校校歌碑(因島三庄町四区) 三庄小学校校歌碑(因島三庄町四区) 平成27年3月の閉校式があった日の朝、突然電話が鳴った。校歌の「夕日にうるわしく えまいて高き」の「えまいて」の意味を録画に来ているNHKのディレクター氏に尋ねられてわからないのだとい […]
2018年3月31日 / 最終更新日 : 2018年4月2日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【79】葛原しげる生家(福山市神辺町八尋) 葛原しげる生家(福山市神辺町八尋) 福山へ行ったついでに、ぎんぎんぎらぎら夕日が沈むという有名な歌の作詞者である童謡詩人葛原(くずはら)しげる氏の生家を訪ねた。 土生高等女学校、土生小学校、三庄小学校、田熊小学校、田熊中 […]
2018年3月24日 / 最終更新日 : 2018年3月30日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【78】阿伏兎観音(福山市沼隈町能登原) 阿伏兎観音(福山市沼隈町能登原) 因島から鞆へ行くには、松永から沼隈半島の西側を南下するのが便利である。南下して道なりに南東へ方向を変えるとそのまま鞆に行くのであるが、方向を変えた直後に細い道を更に南下すると阿伏兎観音で […]
2018年3月10日 / 最終更新日 : 2018年3月21日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【77】大可島城跡(福山市鞆町) 大可島城跡(福山市鞆町) 因島村上氏の分家筋について、田島、大浜、百島、岩城、田熊と書いてきたので、最後は福山市鞆町へ鞆分家ゆかりの地を訪ねた。 因島村上氏六代吉充の弟左衛門大夫祐康(亮康)は、鞆古城山城主であった。これ […]
2018年3月3日 / 最終更新日 : 2018年3月7日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【76】村上直吉の墓(因島田熊町浄土寺) 村上直吉の墓(因島田熊町浄土寺) 竹島城主で岩城八幡山城主でもあった村上直吉は島前城跡である因島図書館のあるところにも住んだと言われ、その墓は田熊町の浄土寺にある。竹島にも墓跡があると書かれている。ならば浄土寺のものは改 […]
2018年2月24日 / 最終更新日 : 2018年3月7日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【75】竹島城跡(上島町生名) 竹島城跡(上島町生名) 因島総合支所沖合に浮かぶ亀島=写真上=は生名島の属島である。字亀島乙664番地であるが竹島とも呼ばれる。竹島というのは、矢に適した竹があったからだという説もある。釣島箱崎浦の戦いの釣島が鶴島と呼ば […]
2018年2月17日 / 最終更新日 : 2018年2月19日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【74】トウビョウ鼻(伯方島町北浦) トウビョウ鼻(伯方島町北浦) 海を見ているとその先に行ってみたくなるものである。いろいろな島を訪ねるとそれぞれの島にはそれぞれの顔があり、楽しい。 伯方島の東北端へ行った。ここでも岩礁ピットを見た。さらに歩いて岬の先端に […]
2018年2月3日 / 最終更新日 : 2018年2月4日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【73】芋菓子元祖の碑(上島町岩城) 芋菓子元祖の碑(上島町岩城) 芋菓子の話を書くのは、ついでである。しかし、ここで車を停めたのはついでではない。想定内の行動であった。岩城に行ったら、できたての芋菓子を買って帰らないとフェリー代がもったいない。それに岩城郷 […]
2018年1月27日 / 最終更新日 : 2018年1月31日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【72】島本陣跡(上島町岩城) 島本陣跡(上島町岩城) 島本陣跡の岩城郷土館に寄ったのは、ついでであったが、ここに書くのはついでではない。 書くべき理由がある。ここは岩城の名望家三浦氏の旧宅であるが、三浦家の初めの二代は因島村上氏と姻戚関係がある。 ま […]
2018年1月20日 / 最終更新日 : 2018年1月22日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【71】岩礁ピット(上島町岩城八幡山城跡) 岩礁ピット(上島町岩城八幡山城跡) 岩城八幡山城跡の南下の海岸には岩礁ピットまたは柱穴と呼ばれる穴がある。これは直径20センチメートルほどの岩に開けられた穴で、船の繋留施設や防御施設の跡だと言われている。 波打ち際に平行 […]
2018年1月13日 / 最終更新日 : 2018年1月20日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【70】岩城八幡山城跡(愛媛県上島町岩城) 岩城八幡山城跡(愛媛県上島町岩城) 因島総合支所の沖合にある亀島は竹島とも呼ばれ、竹島城跡のあるところである。そこの城主村上直吉は岩城亀山城主を兼ねていたと言われるので、まず岩城から訪ねてみよう。 岩城島の積善山は因島西 […]
2018年1月6日 / 最終更新日 : 2018年1月13日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【69】百島村上家墓地(尾道市百島町西林寺) 百島村上家墓地(尾道市百島町西林寺) 百島の西林禅寺の裏山に百島村上家の墓地がある。北側の石碑に「當山開基當村茶臼山城主村上高吉墓」と書かれている。さて、その高吉とは誰のことであろうか。 大浜の千人塚がその古事を語る幸崎 […]
2018年1月1日 / 最終更新日 : 2018年1月4日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【68】百島茶臼山城跡(尾道市百島町) 百島(ももしま)には、細島と同じようなドクターヘリのヘリポートがある=写真上=が、ドクターヘリには乗せてもらえないので、通常の航路で行く。向島の歌港からフェリーが出ている。対岸にある浦崎の戸崎港経由で高速船を使うと便数が […]
2017年12月23日 / 最終更新日 : 2017年12月25日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【67】八重子島(因島大浜町) 八重子島(因島大浜町) 大楠山の頂上を東に進むと大木の隙間から八重子島が見える。 八重子島の近くを因島の二見が浦と呼ぶかどうかは知らないが、とにかくよいところである。満潮時の形もよいが、潮が引くに連れて現れる大小二島の姿 […]
2017年12月16日 / 最終更新日 : 2017年12月19日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【66】如意輪観音像(因島大浜町大楠山) 如意輪観音像(因島大浜町大楠山) 因島四国八十八か所は明治45年に作られたのだから、その当時の交通事情を反映したものだったに違いない。だから、意外なところを訪ねることになるので、それも楽しい。 大浜町最後の七番十楽寺もそ […]
2017年12月9日 / 最終更新日 : 2021年11月27日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【65】福泉寺(因島大浜町) 福泉寺(因島大浜町) 村上丹後守吉房のゆかりの真言寺院ということで福泉寺を訪ねた。福泉寺に行くには、島四国四番大日寺を目指せばよい。齋島神社の前を少し南に行ったあたりの右方向である。遍路道の道標に従って旧久保田邸の南側の […]
2017年12月2日 / 最終更新日 : 2017年12月4日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【64】村上家祖先之碑(因島大浜町) 村上家祖先之碑(因島大浜町) 島四国七番十楽寺から八番熊谷寺までは、大楠山の西の峠道がかつての遍路道であった。四番の大日寺から見える山にも峠道がありそうなので、目指した。そこで出会ったのが写真のような村上家の祖先の碑であ […]
2017年11月25日 / 最終更新日 : 2017年11月29日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【63】土居城跡(因島大浜町土居) 土居城跡(因島大浜町土居) 幸崎城跡の他に大楠山の東山麓にある土居城跡も村上丹後守吉房の居城だと言われている。土居というのは住居と砦を兼ねたもので、後に砦が城郭へと発展していくのだが、その初期の段階と考えられるものだから […]
2017年11月18日 / 最終更新日 : 2017年11月18日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【62】幸崎城跡(因島大浜町才崎) 幸崎城跡(因島大浜町才崎) 齋島(いむしま)神社があるところが、幸崎城跡である。村上丹後守吉房の居城である。齋島神社の北のさらに高いところが中心だったと言われているが、そこには芋神様と呼ばれている神社があり、天照大神と月 […]
2017年11月11日 / 最終更新日 : 2017年11月12日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【61】千人塚(因島大浜町) 千人塚(因島大浜町) 大浜の齋島(いむしま)神社から少し北に行くと写真のような供養碑がある。田島、百島の連合軍が大浜幸崎城を攻めてきた時の戦死者の霊を弔ったもので、千人塚と言われている。少し北の入り江が戦場で、元はその近 […]
2017年11月4日 / 最終更新日 : 2017年11月7日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【60】能島村上氏墓地(福山市内海町常楽院) 能島村上氏墓地(福山市内海町常楽院) 田島の天神山城跡の南に能島村上氏の墓地がある。ただし道は別々である。天神山城跡へは山の西側を歩いて登る。墓地へは山の東側の自動車道を南へ登り常楽院という真言宗寺院を目指す。 常楽院を […]
2017年10月28日 / 最終更新日 : 2017年11月2日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【59】田島天神山城跡(福山市内海町田島) 田島天神山城跡(福山市内海町田島) 因島村上氏初代の備中入道吉豊は、正長元年に田島地頭になったので、翌永享元年(1429)に子息四郎吉則を田島へ住ませた。 田島村と横島村は昭和26年以来陸橋で結ばれ、昭和30年に合併して […]
2017年10月21日 / 最終更新日 : 2020年9月19日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【58】細島三十三観音(因島重井町細島) 細島三十三観音(因島重井町細島) 瀬戸内海の多くの島に、島内や地域で完結する四国八十八カ所霊場のミニチュア版があるが、細島には残念ながらない。しかし西国三十三観音のそれがある。細島三十三観音と呼ばれているものである。 そ […]
2017年10月14日 / 最終更新日 : 2020年9月29日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【57】細の洲(因島重井町細島) 細の洲(因島重井町細島) 笠岡から鞆の辺りが瀬戸内海の中心だから、因島近くでは満ち潮は東進し引き潮は西進する。しかし、島にぶつかれば南北に分かれる。干満の程度において出没する岩礁があれば流れはさらに複雑になる。 さて、川 […]
2017年10月7日 / 最終更新日 : 2020年9月19日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【56】荒神社の石塔(因島重井町細島) 荒神社の石塔(因島重井町細島) 除虫菊祭で見た古い写真のうち、五輪塔や一石五輪塔が除虫菊の間にある写真は印象的だった。撮影場所を尋ねたら、フラワーセンターの近くの丘ですよ、ということだった。心当たりのところへ行ってみたが […]
2017年9月30日 / 最終更新日 : 2020年9月19日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【55】南無妙法蓮華経の碑(因島重井町細島) 南無妙法蓮華経の碑(因島重井町細島) 何度か細島へ行ったが、「真界山の細島大明神の碑」というのが見当たらなかった。写真ではかなり大きいので、必ずどこかにあるに違いないとは思った。地元の方に尋ねてもわからないということだっ […]
2017年9月23日 / 最終更新日 : 2020年9月19日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【54】茶臼山城跡(因島重井町細島) 茶臼山城跡(因島重井町細島) 因島村上氏六代吉充が向島余崎城から本城を重井の青木城に移した時、近くにある小細島(こぼそじま)と細島(ほそじま)は気になったことだろう。防御の面からは無視できない。細島に砦を置くことは当然だ […]
2017年9月9日 / 最終更新日 : 2017年10月1日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【53】遠見山(因島重井町竜王山) 遠見山(因島重井町竜王山) 重井町片山の天秀庵城跡は「ごんげんさん」(権現山、竜王山)の北麓にある。ごんげんさんは「かんのんさん」(白滝山)と向かい合っているがやや高く、重井では一番高い山ということになる。 その権現山に […]
2017年9月2日 / 最終更新日 : 2017年9月22日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【52】天秀庵城跡(因島重井町片山) 天秀庵城跡(因島重井町片山) 重井町にも片山がある。明神と伊手樋の間で、やはり船奉行片山数馬の居城跡だと言われている。天秀庵(てんしゅうあん)城跡である。子供の頃には丸福公園になっていた。過日訪ねたら竹藪に変じていた。幼 […]
2017年8月26日 / 最終更新日 : 2017年9月3日 times ふるさとの史跡をたずねて ふるさとの史跡をたずねて【51】片山家墓地(因島三庄町片山) 片山家墓地(因島三庄町片山) 片山家の墓地があると言うので訪ねた。 百梵(ひゃくぼん)山の東の山麓に権現池と権現宮(熊野神社)がある。島四国三十四番種間寺のあるところと言った方がわかりやすいかもしれない。かつてはその近く […]