「始まりと終りに」故仲宗根一家に捧ぐ【33】第六章 最後の旅路

沖縄訪問で対馬丸記念会の理事、学芸員との語り合いの機会を持てたのが、大きな収穫であった。沖縄戦体験、沖縄返還運動、対馬丸に関する調査活動など話題は多岐にわたった。

今年の空襲犠牲者追悼行事へのメッセージを外間邦子理事に依頼した。長文の「追悼のことば」が届いた。

本日ここに因島追悼行事にあたり謹んで哀悼の意を申し上げます。

今年も又、70年前の夏、あの日のような、暑い夏が巡って参りました。沖縄は6月が終戦の日、御霊に慰霊と不戦の誓いをたてる月でもあります。

戦後70年、戦後という表現は戦争の終わった年、平和になった年との印象があります。しかし、70年前の昭和20年は日本全国が戦禍に見舞われた決して忘れてはならない悲惨な年でした。戦後70年ではなく、激戦の年から70年と位置付けています。

皆様のふるさと因島でも油脂焼夷弾による空襲で多数の犠牲者を出し瀬戸内の静かな因島で戦争の恐ろしさを体験なされておられます。

犠牲者の中に、沖縄県出身の仲宗根一家が含まれておりその経緯を聞きましても痛ましく思いました。仲宗根さん一家にとりましては因島は戦争の被害のない安心できる島だと信じ大阪から疎開してきたと思います。

信じていた疎開先でいのちを奪われた事、死んでも死にきれなかった無念の死を遂げた事とても残念です。この度追悼の行事で仲宗根さん一家共々慰霊して下さる事に心より感謝申し上げます。

沖縄と因島とのご縁を仲宗根さん一家の魂たちが結んでくれたものと思っております。

昨今の日本は戦前の軍靴の足音が聞こえてくるような不吉な情勢になっています。戦争という20世紀の負の遺産を歴史の教訓として平和を希求する国民として1人びとりが戦争をしない国を守りぬく事が亡くなった方々への何よりの供養だと思います。

御霊のとこ末に安らかならんことを願い、追悼のことばといたします。

その行事での私の追悼の言葉にも、対馬丸記念館で語り合った際の外間理事の言葉をそのまま使わせてもらった。「子供は死ぬために生まれてくるのではない」という言葉である。

最終日、那覇空港から飛び立つ前に、野原さんと国際通りの「スターバックス」でコーヒーを共にした。その場所は私からのリクエストである。以前、そのコーヒーショップについて次のようなメールをもらった。

以前スターバックスで感想文集を読んでいて、涙が止まらなくなり、隣でコーヒーを飲んでいた男性にビックリされました。

特に小学生の文章は技や飾りもなく、直球で素直に胸に響きます。

私は本来、沖縄の問題を理解するうえで、地元に住んでいる人との人間関係を重視する。また具体的テーマに徹底的にこだわろうとする。

因島三庄町で亡くなった仲宗根さん一家のこと、対馬丸撃沈のことを通して沖縄のことをつかみ取ろうという姿勢である。しかも、活字や映像などに依存するだけではなく、それらに関わりを持つ人たちと直接会話することで理解を深めたいのである。

こうした意味で沖縄訪問は成功だった。新しい縁に恵まれたと強く感じた。

(青木忠)

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