元英軍捕虜が記した因島空襲の実態 英文書籍の翻訳始まる
因島中庄町在住の岡野誠さんは11月初旬、第二次大戦下に因島三庄町にあった英軍捕虜収容所に収容されていたテレンス・ケリーさんが著した、英文の「日本人と暮らす」を入手した。
ケリーさんは1942年11月から日本の敗戦まで収容所生活をつづけ、日立造船因島工場で強制労働に就いていた。同時に、因島空襲の体験者でもある。
書物は13章の構成の228ページ。日本軍の捕虜になり、日本に船で移送されるところから始まり、因島の収容所の生活と解放されるまでを描いている。
因島空襲は12章で、14ページにわたって記されている。このなかには、次のような趣旨の記述がある。
―死傷者に関するかぎりでは、(160人の死者を含めて)400人。そのなかに、捕虜はひとりもいない。労働力の5%を占めていたことを考慮すれば、注目に値する。
―家の中にいた、ひとりの女性とふたりの子供が死んだ。そして壊れた家の再建を助けるために、捕虜収容所のなかで募金が行われた。
貴重な歴史本 待たれる翻訳
この著書は、1997年に英国で出版された。2006年、改題「地獄船で広島へ」で出版。捕虜収容所研究にとって貴重な歴史書であるばかりか、戦時下の因島の姿を知る手がかりを提供するものと期待されている。
4章が「寺院の島、因島」、6章「日立造船」、12章「因島空襲」をはじめ、書物の大半が因島についての記述に割かれている。
すでに翻訳の取り組みが開始されている。向島町で同町にあった捕虜収容所の調査や、日英友好の記念碑などの保存活動をつづける尾道赤レンガの会(南沢満雄代表)の有志の協力で自主的な翻訳活動が行われている。南沢さんらは、この活動への多くの市民の参加を呼び掛けている。一刻も早く翻訳が完成し日本語での閲覧が期待される。
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