ふるさとの史跡をたずねて【77】大可島城跡(福山市鞆町)

大可島城跡(中央)

大可島城跡(中央)

大可島城跡(福山市鞆町)

因島村上氏の分家筋について、田島、大浜、百島、岩城、田熊と書いてきたので、最後は福山市鞆町へ鞆分家ゆかりの地を訪ねた。

因島村上氏六代吉充の弟左衛門大夫祐康(亮康)は、鞆古城山城主であった。これは鞆浦の先端にある陸繋島で大可島(たいがしま)城のことである。当時は島であったが、現在「鞆の浦歴史民俗資料館」の建つところへ福島政則が鞆城を築いた時に陸続きになった。

大可島城跡

大可島城跡

大可島城跡には現在は真言宗円福寺がある。仙酔島への渡船場横に駐車場があるので、そこに車を停め、路地を南西へ向かう。「夾明楼(きょうめいろう)」の石柱が目立つので、そこを上がるとよいだろう。

夾明楼

夾明楼

この地は五代尚吉が天文13年(1544)に大内義隆から得たものであり、その後祐康に与えられた。祐康の鞆での活躍は因島村上家文書から伺えるが、鞆分家は二代で絶え、関係文書は本家で保存された。

円福寺内の夾明楼からの瀬戸内海の眺めは素晴らしかった。

夾明楼からの眺め

夾明楼からの眺め

幕末のいろは丸沈没事件の談判では、紀州藩の宿所として円福寺が利用された。また、隣りの林家別邸は宮崎駿監督が滞在し「崖の上のポニョ」の構想を練ったところである。

時間の許す限り町内を散策した。最後は保命酒の酒粕を試食し、2袋買って帰った。

(写真・文 柏原林造)

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