ふるさとの史跡をたずねて【52】天秀庵城跡(因島重井町片山)


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天秀庵城跡(因島重井町片山)

重井町にも片山がある。明神と伊手樋の間で、やはり船奉行片山数馬の居城跡だと言われている。天秀庵(てんしゅうあん)城跡である。子供の頃には丸福公園になっていた。過日訪ねたら竹藪に変じていた。幼稚園の時七夕の笹を流しに来た小川は暗渠になっているし、山の神池は埋め立てられていた。これらを掘の跡と書いてあるものもあるが、他の砦跡に見られない構造なので、後の時代に造成されたものから推定された可能性も否定できない。

藤井神社のところから馬神(うまがみ)城跡の方を見ると、元から陸地だったところと埋め立てられた平地が、高低差からよくわかる。

いつの頃か馬神島との間は潮が引けば渡れるほどになっていただろう。浅いところの岩伝いに板を渡せば、便利になる。それを小橋と呼んだか小走りと呼んだかは知らないが、やがてその辺を中心に砂浜ができ、徐々に東西へ陸地が広がっていった。その名残が排水溝の分水嶺である。また字別全図では久保の隣が小林(こばし)であり、現在ではその間が砂原と呼ばれている。

(写真・文 柏原林造)

中央が島四国甲山寺