兄貴にと義弟の供えしボンタン飴私も好きとおりおりつまむ

掲載号 09年05月23日号

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池本 滝子

 ボンタン飴の生まれたのは大正15年で、鹿児島の産である。当年とって84歳であって、ロングセラー飴である。飴と言っても色々で、水飴から鉄砲玉飴、金平糖飴まである。

 当時からあった、森永ミルクキャラメルに並んでの老若男女に愛され、手軽に買えた菓子も珍しい。しごく薄いオブラートにくるまれており噛めば歯ごたえもよく独得の味わいがある。

 現在でも底堅い人気があって、西日本一帯のお菓子屋さんに並べられてある。

 先日も新幹線ホームの売店で尋ねると、二つの返事でカラフルなボンタンアメという名の箱を出してくれた。黄金色の文旦(ブンタン)の絵もついていた。原料は米粉と砂糖とザボンで匂い付けしたものだろう。

 話は短歌に戻るが、義弟とは、作者の亡き夫の弟のことである。

 生前には、可愛がってもらい、九州地方や関西への旅行や会社の出張などしたときの土産には、いつもこのボンタン飴を買って来たのだろう。「兄貴にはよく食べさしてもろうた」と言いながら、ボンタン飴の大箱をお供えしてくれたのである。

 この飴はどういう造り方をしているのか、賞味期限はどうなっているのか、かなり長期間保存の効く菓子だろう。噛んでの歯ごたえ、糖分、オブラートの包装、原料の米穀等々がよい。

 毎朝、仏壇に手を合わすとき、口が淋しいときなど「私も好きなの」と一声掛けながら、口の中へポイと放りこむのである。

 舌先に張りつくようなオブラートの感触、噛んだ時の弾力に子供の頃の郷愁が口中に広がるのである。

(文・池田友幸)

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