せとうち花壇

回ラン板もちゆく度にご主人のノーモア広島の被爆体験聞く

短歌・中西貴子  昭和20年8月(原爆投下・無条件降伏)は、当時の日本人の思考力・生き様を根底から変え、崩れた日である。昨日まで信じていたものが音を立てて消滅した。...(11/08/13) 全文 >>
 

新しき三年日記に書き始むわが血を分ける全員集うと

吉原浩子  日記とは、日々起きた出来事を記するのであるが、何年も何十年もやれる人は多くはいない。ときに小説家や政治家の日記が発表されることがあり、貴重な資料となっており、時代性、人間性を感じさせらるものがある。...(11/01/01) 全文 >>
 

初春の寺の炬燵に楽しげにおんな五人の会話は続く

三島美知子  正月の三日か、あるいは五日か寺総代をやっておられる奥様たちかも知れない。日頃の憂さを忘れての一と時と言えよう。 ...(11/01/01) 全文 >>
 

摘み取れぬままに春日に晒さるる一人住みなる庭の冬柑

安川二三子  作者に何かの理由があって、摘み終わっていなければならぬ時期になっても、冬柑はぶらりと垂れ下がっているのでした。...(09/06/27) 全文 >>
 

兄貴にと義弟の供えしボンタン飴私も好きとおりおりつまむ

池本 滝子  ボンタン飴の生まれたのは大正15年で、鹿児島の産である。当年とって84歳であって、ロングセラー飴である。飴と言っても色々で、水飴から鉄砲玉飴、金平糖飴まである。...(09/05/23) 全文 >>
 

人恋し喜怒哀楽も花のいろ色褪せぬまま老いてゆきたし

西本としゑ  「人恋し」「喜怒哀楽」が現世の象徴として扱われているのに納得できます。色褪せぬまま老いたし」とやや独り言めいた下句も初句の孤独感を補足して感情を深めています。...(09/05/16) 全文 >>
 

立ち競い妥協許さぬ紫の菖蒲にも雨おだやかに降る

宗近陽三郎  この菖蒲の花を何処で見ているのだろうか、おそらく近くの観光苑にやっている菖蒲の花だろう。何列にもその花色を競うかのように、とくに、この深みをたたえたような紫色の花菖蒲に心を魅きつけられたのである。色あいには...(09/05/09) 全文 >>
 

スーパーに巻きのり探す媼いて見知らぬ我に息の帰郷告ぐ

河内せい子  人の感情は「気分、喜怒哀楽などの気持」と説明されるようです。この四つの感情で特に好まれるのは、「喜び(心にうれしさを感じること)」でしょう。...(09/05/02) 全文 >>
 

よっとこしょ朝のお供えお茶湯九時仏守れてよいとしようか

平川 房子  ご高齢の方とお見うけする。作品を読み通すとき、しみじみとした作者の心根が伝わって来るからである。  先祖、仏様を大事にするこの人なりの決めごと、いわゆる朝のお勤めの気持ちや動きが見えて来る一首である。...(09/04/25) 全文 >>
 

巡礼の白き衣は新涼の尾花の野辺にひとすじつづく

小川 計江  結句の"ひとあしつづく"が効いた清々しい一首。場面を新涼(初秋)の野涼の野辺と設定されているのもさわやかで、映画のズームアップのように主題に急接近させてくれます。...(09/02/07) 全文 >>
 

あな欲しと思ふすべてを置きて去るとき近づけり眠ってよいか

竹山 広  一首の焦点は「すべてを置きて去る」にあります。厄介なのは「すべて」の範囲ですが、一首の緊迫感から全ての欲望(性欲、食欲、物欲…)が対象で、森羅万象のことごとくとなります。...(09/01/24) 全文 >>
 

新年の庭先に来てピーヒョロロ鳶(とび)しっかりと福運び来よ

浜田伊勢子  新年とは言っても、元日、二日、三日とあるから、その何れかの日である。お目出たい年の始めに、我が家の庭先に来て鳶が鳴く。日頃からこの家の人が魚や肉片を与えているのかと思ったが、そうでもないらしい。鳶の鳴き声も...(09/01/17) 全文 >>
 

年末に帰省の息子がガラス拭き見通しのよき正月となる

三島美知子  以前から窓ガラスの汚れが気にはなっていたのだが、明日、明後日は、と思いながらもいつしか年の瀬になってしまった。例年であれば、息子の帰省も大晦日から、元旦にかけての二、三日である。今年は、会社の仕事の関係から...(09/01/01) 全文 >>
 

地球という宇宙の星にわが住みて四畳半の部屋のベッドに眠る

石田冨美子  光年という単位で語られる広大な宇宙と、四畳半の部屋に据えたベッドの狭さの比較から不思議なユーモアを感じます。そのユーモアによれば...(08/12/20) 全文 >>
 

今すこし若くしあらばと名湯のマップに印す丸かずを増す

有吉 貞子  民放でときどき温泉めぐりの放送をやっている。しかも人里離れた山峡の秘湯と言われるところである。もちろんコマーシャルを含めた、大皿に盛り上げた山や川の珍味。露天風呂に女性二人がゆったりと湯浴みをしている。紅葉...(08/12/13) 全文 >>
 

今朝一輪夕べ二輪と九輪の鷺草白く闇に浮かべり

半田ミチエ  『お花や生き物に興味がある人はこの素晴らしい自然の神秘を感じる鷺草を見て誉めてくれ、興味が無い人は自分の隣に咲いていても 目もくれません』とは土屋薬局店主・土屋幸太郎氏の言葉で、氏は更に続けます。...(08/12/06) 全文 >>
 

紅葉なす山と凪ぎたる海見ゆる日溜り探して弁当開く

河内せい子  この歌の中には、作業は何をしているのか、誰と誰がいるのかと言うことがどこにも書かれてはいないが、歌の前後の関係から、〈これはミカン摘みだ。〉〈夫婦二人がいる。〉の内容である。...(08/11/29) 全文 >>
 

亥の子まで炬燵の火入れ待つとするスイッチポンの電器なるとも

白須 淑子  一首を目にして、炬燵の暖かさを待ちわびた少年期を懐かしみました。「炬燵は亥の子から」と聞かされたが、それが何月何日であるかは確定できなかったのです。当時は何事につけ、是非を問う前から慣例をよしとしていた様で...(08/11/22) 全文 >>
 

手押車に子犬三匹顔出して紅葉より先に被写体とせり

岡野 幸子  作者は、多くの人に愛用されているデジタルカメラを手に、紅葉狩りに来たところである。また、車を降りて紅葉名所の入口付近にさしかかった所である。...(08/11/15) 全文 >>
 

幼な時海辺の土手に芒ゆれ姉妹と歌いし夕焼けの歌

渡辺スズ子  この作品は、先人が「山青く水清し」と詠み歌った昔むかしの郷土を思い浮かばせてくれます。こうした時、『こどな』(子供心を忘れない大人)は、昭和二十年代の情景を思い出します。...(08/11/08) 全文 >>
 

何事も相談に行く三島家の年長者逝きわれの番来る

三島美知子  高齢にもめげずに、ずっと私たちの相談ごとにのってくれた人、頼み甲斐のある人であった。何でも、うんそうか、こうしたら、と、やんわりと決めたり、アドバイスをしてくれていた。もちろんこの歌は、亡くなられた人を心か...(08/11/01) 全文 >>
 

「今晩は」半年ぶりに来し男孫声変りして言葉少なし

橋本喜代子  ある夜、「今晩は」と言って少年Aが作者を訪ねました。おばあちゃん子だった少年Aは、自分でも扱いかねている伸び盛りの体を壁際に寄せて座りました。...(08/10/25) 全文 >>
 

山畑のセイタカアワダチソウは競うごとミカン木の間で風に揺れおり

大西いしゑ  この花の咲くのは秋の盛りである。JRの在来線に乗って旅をしていると、沿線沿いに黄色に輝いて咲いているセイタカアワダチソウを見かける。また、休耕田のようなところに、また、ときに大群落を見かける。一説には、この...(08/10/18) 全文 >>
 

ぎっしりと葉の巻くキャベツ無農薬「食べてください」と安全持ちゆく

渡辺スズ子  昔むかし、『健康で長寿で子宝に恵まれる』ことを幸福の基準とした時代がありました。その頃の人気者は『こどな』という子供心を忘れない大人でした。  「このキャベツはおいしいよ。何たって『こどな』の甲さんが作った...(08/10/11) 全文 >>
 

誰(た)に学びし鳩の子育て背後より一羽帰りて一羽飛び立つ

大庭美代子  あれは誰が教えてやったのだろうか、感心しながら山鳩の子育ての様子を近々と見ているところである。...(08/10/04) 全文 >>
 

せまき谷占めて光の散乱は朝日に無数のアキアカネ舞う

吉原 浩子  アキアカネの別名はアカトンボ。 夕焼け小焼けの赤とんぼ 負われて見たのは 何時の日か  安野光雅画伯の著書「絵本歌の旅・講談社」の、画伯の赤とんぼの絵を見て、私は童心に帰る。...(08/09/27) 全文 >>
 

フェンスから真っ赤なバラが顔出して急カーブまわる私を見ている

村上美和子  歌の素材としては一寸楽しくなるところである。車とか運転と言う字句がどこにもなくても運転手が見えていて、「急カーブまわる」がいきいきとこの歌の情況を見せている。  公園のフェンスは金網か、その網の目からこぼれ...(08/09/20) 全文 >>
 

白百合の種は飛び来て我が庭によくぞ咲きたる水かけやりぬ

川崎 訓子  一首の焦点「よくぞ咲きたる」から、自然への作者の感謝が伝わるが、主因は「種は飛び来」「我が庭に」「よくぞ咲き」を受けた『水かけやりぬ』の穏やかな結句にある。...(08/09/13) 全文 >>
 

痩せた眼が大きくなりて母に似る毎朝鏡見て挨拶す

村上 宗子  女性だから、なんとはなしに、朝々鏡に向っている。  「今日は元気そうだな」  「ホクロがこんなところにあったかな、少し痩せたかな」、と思いながらの毎日である。  それにしても、この顔は誰かに似ていないかしら...(08/09/06) 全文 >>
 

ジェスチャーも言葉も持たぬ蟻達の共同作業を静かに見入る

片山哲子  庭の一隅で進行する蟻達の作業に、作者は引き込まれていく。  一日分として割り当てられた仕事を消化しようとすれば、蟻の共同作業を覗く余裕はないけれど、作者は、「蟻達の共同作業の秘密を解き明かしたい」との思いを深...(08/08/30) 全文 >>
 

原爆とうこの世恐ろしく死にし吾子夢の中にも顔を見せざる

大田 静子  大田さんはあまりしゃべらない方で、どちらかと言うと話し上手よりも聞き上手の方であった。短歌グループの中で何十年となく、身近にお付き合いをしていたが、広島での被爆体験の詳しいことは知らなかった。又話をする気持...(08/08/23) 全文 >>
 

雨の日は雨を楽しみ茶を点てて骨董磨きし在りし日の義父

半田ミチエ  人と心が通う喜びは人を幸福にする。心が通い合うと感じたとき、人は生き生きと話し、爽やかに笑む。こうした素地があれば、人は思い出の断片から、心に温かさを感じ、爽やかな笑みを浮かべるだろう。この作品には義父の在...(08/08/02) 全文 >>
 

ばあちゃんは必殺仕事人という孫よひたすら真面目に生きて来ただけ

吉原 浩子  歌の大意は「孫は私が毎日火事の万端を次々とやっているのを見て言ってくれているのだが、私は只々家族のみんながよかれと思ってやっているのだよ」と返答をしているのである。...(08/07/26) 全文 >>
 

そそとせる白き十薬抜こうかしら鳴子百合を日々追いつめる

村上 文子  この一首の眼目は、前半の「十薬抜こうかしら」と、後半の「鳴子百合を日々追いつめる」の葛藤にある。...(08/07/19) 全文 >>
 

飼い猫に「ネコ」と名付けた歌ありて一人ぐらしの笑い初めなり

石田冨美子  年が改まっての新年の初笑いのことだろう。新聞か何か投稿短歌の欄を見て思わず高笑いである。人間は他の動物類とは違って笑うということは素晴らしいと思う。顔の表情を見れば気持が解り意志が読めるからである。一人ぐら...(08/07/12) 全文 >>
 

タンポポの絮(わた)ふくれつつ風を待つ見知らぬ郷(さと)を恋うるか汝も

池本 滝子  人跡稀な深山の暮しを、十年ほど経験し、日々感動したが、積雪二メートル超えの春雪の下で青草が生長していたのは圧巻だった。その時、私は、雪国の春が一斉に訪れる秘密に触れたようで、おののいた。...(08/07/05) 全文 >>
 

三つ葉草核(たね)が土中に生きづきて分裂拡散避けんと取りゆく

松井年幸  短歌には材料が何であっても、それぞれの人の思いがこめられてある。三つ葉草という、強烈な繁殖力を持った、畑の作物の害をする雑草除去に精力的に取り組んでいる思いの伝わる歌である。取っても取っても取り尽くせない三つ...(08/06/28) 全文 >>
 

川船の襖絵すずしき上の間の羽生名人の次の一手は

池田 友幸  すずしいという言葉は、ほどよく冷ややかきっぱりしているなどの意味をふくみ、自分達の生活全般にわたって「すずしさ」への憧れが深く、かつ、広がりをもつことに気付かされる。  作中の羽生名人はかって七冠、現在二冠...(08/06/21) 全文 >>
 

草取りの陰気な仕事の小半日終りて立てば足腰痛し

松井 弘元  農作業をする中での草取り作業ほど地味で陰気な仕事はない。陰気、という字句は、どうも好きにはなれないが、草取りという仕事には付いて廻る一語である。...(08/06/14) 全文 >>
 

障子しめ妻の足音消えしころ机上のコーヒー馥郁かおる

大西貴志男  この作品、「妻の足音消えしころ」から「馥郁(ふくいく)かおる」までの情感には泣かされる。  そこには命あるもの同士の思いやり命への感謝自然と人の共生があり、作者独特の典雅な情感が加わったりして、三次元座標系...(08/06/07) 全文 >>
 

あからさまに「赤ちゃんポスト」を設置して少子化対策などと言うなよ

上村美智子  この歌は、昨年(平成19年)の五月、熊本市にある慈恵病院に設備された「赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご)」を素材に詠まれた一首である。歌の意味は、人間の子供を一つの「物」として扱い過ぎてはいないか、母が...(08/05/31) 全文 >>
 

おとといより上手になりし鶯が裏の藪より表にまわる

山崎勝代  作者の五感は確かで、命あるものの輝きに敏感に反応するらしい。鳴声に注目している作者の期待に反し、その鶯は藪裏から表になかなか回れない。それで、作者のイライラはつのる。...(08/05/24) 全文 >>
 

藤の花垂るるゴザに輪となりて唱歌に丙も口合せ歌う

小林 基美  どこかの咲き垂れた藤棚の下に小学校時代のクラスメートが集っての小宴会が今たけなわというところである。藤苑の事務所で借りて来たゴザ上に十人くらいが輪になって、小学唱歌かナツメロでも歌っているのだろう。歌の上手...(08/05/17) 全文 >>
 

縫う描く両手十指の健やかも八十半ばを視覚障害

小林美津子  この一首から「老い」を考えた。以下は老いるという心身の変化に、どう処するかの素人考えである。  貝原益軒翁の言を引けば『生まれつきたる天年(寿命)は多くは長く』、また『心は楽しむべし、苦しむべからず』とある...(08/05/10) 全文 >>
 

寺の苑われとボタンは傘のうち春の愁いのいつかほぐれる

味呑 泰子  人によって花の好みは異なるが、一輪の花の中では、ボタンの花が花の王者のように言われている。昔から奇麗な女性のことを指して「立てばシャクヤク座ればボタン歩く姿はユリの花」と俗謡的に言われているとおりに美しい花...(08/05/03) 全文 >>
 

テレビ消し静かな部屋に初夏の風そろりと入りカーテン揺らす

増成君子  「テレビ消し静か」と「カーテン揺らす」がよく効き、その場の情景が見え、また言語表現は新鮮だ。  「初夏の風そろりと入り」という擬人化も、自然の無意(偶然の事象)と、人間の有意(統計的に必然と思われる事象)の絡...(08/04/26) 全文 >>
 

介護受け声大にして「ありがとう」生きいる命の輝きを見る

村上冨美子  輝くという現象があって、「きらきら照りきらめくこと」とされる。広辞苑には近世前期までは清音との添書きがあり、人々が「かかやく」以上に「かがやく」を選んだ、近世的願望の強さが偲ばれる。...(08/04/12) 全文 >>
 

吾と違う歩幅もちいる妹の絵の向日葵をかくも気に入り

山崎 尚美  人の性格はそれぞれ異なるが、とくに姉妹の場合、互いの寛容の幅が(兄弟に比べ)広そうに見える。  さて、この一首「違う歩幅」と表現されているのは、広い意味の性格差で、互いに相手を尊重されている。たとえば「私と...(08/03/29) 全文 >>
 

ひとしきり風吹き過ぎる畑に立ちもうすぐ弥生何を植えよう

岡本美穂子  ひとしきり風が吹き過ぎた。朝からの野良仕事で額に汗が滲む。もうすぐ弥生、作者は、弥生の風はそよ風、春風、いや万物を成長させる恵風か、春風の意なら穏やかな和風に床しさ一点を与えたいと思われ、野良仕事の汗を拭き...(08/03/01) 全文 >>
 

紅白と絞りと紅の咲き分けの椿に来る人皆褒めくれる

林原 澄子  花好きな人には悪人はいないという。ああきれい、わあ、と、感嘆詞と声を上げながら花に見入っている人は幸せ一杯の人である。また、花作りをする人も、芽が出た、蕾が来た、咲いたよ、虫にやられた、と一輪の花にも一喜一...(08/02/23) 全文 >>
 

後向き階段下るをいぶかりて人ら笑えど楽な足どり

渡辺スズ子  覚醒という言葉があって、目から鱗が落ちるという意味も持つようだ。作者は階段を下りるのに後向き、つまり階段を上る姿勢で下りられた。普通、このような姿勢は幼児パターンとされ、生活の知恵者と評される熟年の方には凡...(08/02/16) 全文 >>
 

双子座の横に大きな赤き星イルミネーションに勝る火星よ

岡野幸子  作者は「火星よ」と呼びかけられている。そこで作者のいわれる「火星」を知りたく思った。  多数の電灯で飾った展示物をイルミネーション(電飾)という。この電飾は美しく個性的で街角を飾るには好個の素材だ。だが、ある...(08/02/02) 全文 >>
 

小春日の桃剪定はのどかなり一羽の小鳥近く寄り来て

宗近陽三郎  去年の剪定作業は、風があって寒い日であったが、今年はここ数日風もなく小春日和が続いていてありがたいありがたい。お陰で仕事へのかかりも気持がよい、それに近くの桃の木に小鳥も来ているではないか、なーんと長閑(の...(08/01/26) 全文 >>
 

希望とはささやかなもの手の中に包みて埋むる緋のチューリップ

池本 滝子  希望とは「あることの実現をのぞみ願うこと」とされる。作者は自身の希望を「手の中に包みて埋むる」と詠み、物として「緋のチューリップ」とされている。 つまり作者の希望は、財物でなく、ひそかな想いかもしれない。し...(08/01/19) 全文 >>
 

年に一度便りを交わす年賀状添書ありて心ときめく

山本 福子  このように年一回の年賀状交換のおつきあいの人も多いことだろう、と言うよりも、年賀状を出す人の半分はいると思う。しかし、印刷文字ばかりの挨拶状の片隅に、小さい文字で二行ほど記憶にある字癖(じくせ)で書かれてあ...(08/01/12) 全文 >>
 

にこにこと男孫来たりてガラス拭き正月二日を東京に立つ

安川二三子  新年の帰省について、事前の一報はあったと思われるが、年の瀬の二十九日に、「おばあちゃん、来たよ」と、にこにこ顔の男孫が東京からやって来たのである。...(08/01/01) 全文 >>
 

音たてて北風よわが胸に吹け豊けき遥ろけきもの携えて

池田 友幸  毎年、元旦に本作品の「豊けきもの」、「遥ろけきもの」を、約三十五年間も想像し続けているが、いまだにその姿が見えない。その理由は、私が「見えなくてもよい」と思っているからだろう。...(08/01/01) 全文 >>
 

馬鈴薯の芽を刳ることなんとなく悪事を働く気分になりぬ

藤原野栖枝  一説によると「あらゆるものに命は宿っていて、命は使命を持っており、寿命が尽きても新たな命を育む」という。...(07/12/29) 全文 >>
 

蔓枯れの青きナンキン下がりおり冬至に食べんと持ち帰りたり

渡辺スズ子  年の瀬が近くなると、猫の手も借りたいような忙しさである。今年最後の畑仕事をと、ミカンの枝の片付けや、家の周りの整理をしていたのかも、竹垣に葉っぱも蔓も枯れてしまった蔓に、半熟れか青成りかの、まだ青味の残って...(07/12/22) 全文 >>
 

この広き地平の中の一隈(くま)に小さき夢を追いつつ生きる

西本としゑ  初句に「広き地平」という言葉が登場する。まことに視野の広い詠風で、時代は歌とともにあり……...(07/12/15) 全文 >>
 

鳥たちに飽食の冬であるらしく未だたわわに柿の残れる

中西 貴子  今年の秋は、柿や蜜柑類は豊作だったのか、もう十二月の終りだというのに、畑や道端の木には、色づいた柿の実が枝もたわわに残っている。例年であれば、一つ残らず食い尽されているのに、と思いながら、小鳥たちも人間と同...(07/12/08) 全文 >>
 

指太く土に馴染みし両の掌をハンドソープの泡に包めり

河内せい子  両の掌を…までの上句の充実感が、下句の泡に包まれた未知の発見につながり、生活のなかのロマンが、とても楽しい。...(07/12/01) 全文 >>
 

客帰り気が付くと小さな棘(とげ)がある脳よあのとき眠っていたの

増成 君子  解りにくい詠み方ともとれるが、一、二度読み返してみると納得できた。  さて、この家に来ていた客とは、良いお客か、悪いお客か、まあまあの客かなどなど考えてみた。何かの用件があったに違いないが、普通に考えて、隣...(07/11/24) 全文 >>
 

ひそやかに生き終えしもの見届けぬ午前三時の流れ星ひとつ

藤原野栖枝  初句の「ひそやかに」が「生き終えし」と「見届けぬ」の両方に効き、歌の解釈は簡単になる…ナントイイマショウカ…短歌の妙でありましょう。  午前三時の静けさの中、流れ星が音も無く消えた。それを見た作者は「寿命と...(07/11/17) 全文 >>
 

買いものの行きに帰りに目に止まる店先に吊られ揺るる干蛸(ほしだこ)

岡野 幸子  秋から冬にかけての島の風物詩の一つである。八本の脚を形よく広げ店の軒先にひらひらと揺れている。いつもの通い馴れたほどよい道のりを自転車か単車で行き来していて、ふと目に止まったのである。...(07/11/10) 全文 >>
 

オジギソウ指を触れれば葉を畳むそれで私は機嫌を直す

三島美知子  この一首は事の始終が分かりやすく詠まれている。作者は何かのストレスを発散したくてオジギソウに触った。するとオジギソウは葉を畳み始め、その動きを見ているとストレスが消え、機嫌よくなっていく自分が見えた。このよ...(07/11/03) 全文 >>
 

秋晴れを医院へ向かう道端の行商の荷台に蟹(かに)神妙なり

岡本美穂子  今日はお医者への予約日だ、それにしても良いお天気で、晴れ透るという秋空である。子供達が空は広い、と歌っている声が聞えて来そうだ。...(07/10/27) 全文 >>
 

高校弓道大会さやか吉備神社の矢場に並べる的に挑みぬ

和田 綱郎  弓といえば那須与一、高校弓児と同じ年恰好での扇射落しをお目にかけます。…その時、沖から紅扇を飾った小舟一艘が源氏方へ近付いてくる…...(07/10/20) 全文 >>
 

去年(こぞ)逝きし義姉の長着の届けられ筆書きのわが名胸あつく見入る

三島美知子  このような義姉(あね)の死や縁者にかかわる歌は挽歌(ばんか)といわれ、中国の故事の中にも、柩車を挽いていたものが歌ったという。死者を悼(いた)む哀傷歌である。  そこに歌われている事柄に強弱があっても、内面...(07/10/13) 全文 >>
 

かんころやかぼちゃばかりを食べし頃の友の来たりて時を忘るる

片山 哲子  戦時体制のしわ寄せで飢餓が国中を覆った…そんな少女時代の記憶が蘇り、作者は当時の友と語る。  かんころやかぼちゃを食べながら神風が吹くのを信じていた。何でもかでも可笑しかった。娘らしい衣服を身に着けたかった...(07/10/06) 全文 >>
 

さまざまな音に呼ばるる家内に電子レンジのチーンの一言

安川二三子  近ごろの家庭機器はそれぞれに、くれぐれもお忘れないように、とご親切に「お知らせ音」を出してくれるから安心である。特に年齢を重ねるごとに「ど忘れ」「物忘れ」が多くなって来ると、火災や怪我などによって生命の危険...(07/09/01) 全文 >>
 

海中にあらわれし道夫と娘は嬉々と駈けゆく八重子島まで

山崎 尚美  白砂青松の風景だった。ひろがりのある美しい風景が例えようのない懐かしさを湛えて輝いていた。その海岸に立つと人はただ懐かしむのだ。...(07/08/04) 全文 >>
 

チョコレートとビールの好きなうちの嫁(ママ)晩酌のとき少し照れてる

土居 瑠子  長い梅雨も明けたので、夏らしい短歌をと思い選別していたら、今流のしゃれた歌に出会った。ビールをぐっと一杯は、なんとも言えない気分。とくに真夏の夕方の清涼感は格別である。...(07/07/28) 全文 >>
 

ルソン島に散りたる義兄よ風となり空駆け帰れ今日は命日

短歌・小川 計江  若者がはるか南方のルソン島の地において散華した鎮魂(ちんこん)歌である。この歌の作者に命日とはいつかと聞いた、戦争のもっとも激しかった昭和19年か20年ごろかと思ったが意外にも早く、昭和18年の3月で...(07/07/14) 全文 >>
 

西方に傾けばすこしふくらみて日は横すべりに山に呑まるる

小林基美  一見して平易に詠まれているような一首だが、作者のひとひねりは人を驚かすに足るものだ。「ふくらみて」までは日常から外れていないが、「日は横すべり」以下の詠み込みからは、詩的想像を掻き立てられる。...(07/07/07) 全文 >>
 

空音(そらね)を響かせて折る虎杖(いたどり)の酸っぱさを今日の鎮めともせむ

池田 友幸  虎杖という名を知ったのは少年期で、幼い頃からハアタナと呼んでいた野草に虎杖という別名があると知り驚いた。その特徴は若い茎を折ればポンと鳴ることで、ハアタナ摘みを楽しくしてくれた。思い返せばハアタナ時代のポン...(07/06/23) 全文 >>
 

せとうち歌壇新執筆者・平本雅信さんの紹介

 本紙連載中の「せとうち歌壇」に今号から平本雅信さんが登場した。池田友幸さんと交互の執筆となる。平本氏は因島三庄町の出身。1970年に仕事の都合で因島を離れ、2006年10月にUターンし、現在は因島中庄町に奥さんと二人で...(07/06/23) 全文 >>
 

中国の大地を転戦せし老いの「麦と兵隊」歌うに唱和す

柏原幸枝  「麦と兵隊」を歌っている席はどのような席かは不明であるが、そこに立ち上がって、思わず口を衝いて出て来るのは青春の日の歌である。とは言うものの、気が付けば暗い希望のない戦争のいつ果てるともない、中国大陸の戦場に...(07/06/16) 全文 >>
 

中天に銅鏡となり陽がありぬ黄砂降り来る一日長

松本 悦郎  五月ともなれば、晴れた日には燦々と陽が輝いていて、空に向って深呼吸がしたくなるのである。...(07/06/02) 全文 >>
 

蜀黍(もろこし)のまじれる昔の宿の飯いまなれば健康食と言わんか

和田 綱郎  昔とは言うものの、そんなに遠い日ではなく、戦中(太平洋戦争)の日本の全国民が食料不足の為に、命からがら生きていた時代の旅の想い出と現代を見据えた歌である。...(07/05/19) 全文 >>
 

旅先で笑顔作りてポーズとるも飾れる写真一枚もなし

半田ミチエ  最近のハイテクカメラは撮って直ぐに見ることが出来るが、その反面に楽しみが半減するのではないだろうか、やはり以前のように旅先で撮って帰ったフィルムを写真屋さんに現像焼付けをしてもらい、家で一枚一枚を繰りながら...(07/05/05) 全文 >>
 

水没のさまにも見ゆる水船が意外と速し潮流に乗る

松本悦郎  船体がいまにも沈んでしまいはしないかと思うほどに、吃水線を低く波を蹴立てて進んでいる。  ―ん、あれは水船だな。  以前によく見かけた薄黒い船とは違って、カラフルになったと思いながら見ていると、いつの間にか視...(07/04/07) 全文 >>
 

接木せし「はるみ」の芽立ちぐんぐんと実のなる日まで夢はふくらむ

島田 義治  近ごろは、蜜柑の品種もいろいろとあって、糖度の高いものが店頭に並ぶようになった。私どもが一寸目にするだけでも「きよみ」「はるみ」「はるか」「せとか」「はれひめ」という品種名があげられる。江戸時代にはハッサク...(07/03/17) 全文 >>
 

「樽募金」に支えし小さな大投手逝きたりし夜亡き夫に語る

柏原 麗子  樽募金と耳にするだけでもなつかしいことばである球団結成当時は、スポンサーもなく、広島県の市民によって支えられている広島カープ球団であるだけに、普通の入場料金のみではどうにもならず、球場の入口には木の樽を置い...(07/03/03) 全文 >>
 

夫と伐るミカンの古木チェンソーの唸りは木霊(こだま)の叫びとも聞く

吉原 浩子  ミカン木の効率の悪い、植えて30年40年と経った古木を夫婦で伐り倒している情景である。ここ数年、急に実りの悪くなった木を、今年こそはと言いながらなかなか決断は出来なかったが、思いきって伐ることにした。...(07/02/17) 全文 >>
 

花推協とう札を差す花壇の半ば素枯れて秋日好天

平本 雅信  終りの一句の「秋日好天」によってこの歌がさわやかに立ち上がっている。秋の季節は秋の七草に代表されるように、秋らしい季節感のある花を一杯に咲かせてくれる時である。また一方では夏花から冬の花々の交替どきでもある...(07/02/03) 全文 >>
 

減反か人手不足か車窓より去年見し畑枯草覆う

増成 君子  年に一回か二年に一回くらいしか通らない道と思われる。乗り物は車でも電車でも同じであるのだが、去年通った時には、あれほど稔り豊かに整然と穂を垂れていた稲田(野菜かも)も一年か二年で枯草の畑となりこのように荒れ...(07/01/20) 全文 >>
 

山裾に落ちし大きな流れ星興奮さめやらぬ新春のジョギング

岡野 幸子  新春とは言っても、もう一月の五日である。特別に呼び名があるのではないが、初ジョギングである。年末から年始にかけてあれやこれやで忙しくしたので、体の方も少しやわになってはいないかと思いながら、いつもどおりのジ...(07/01/01) 全文 >>
 

尾道のローソクアートのお花畑おんな三人見とれていたり

三島美知子  平成17年の10月1日(土)に開催されたJR尾道駅前緑地帯の「灯まつり」に参加した時の歌である。...(06/12/16) 全文 >>
 

時差のまま想い出とする腕時計ねむらせておく抽出しの中

小林美津子  時差ということは、ヨーロッパかアメリカかの海外旅行をした時の、時差に合わせた腕時計の針をそのまま元に戻さずに、大切に抽出しに納めて「私の宝物よ、海外旅行の記念品よ」といかにも意外性のある想い出の品である。...(06/12/16) 全文 >>
 

一本の石蕗(ツワブキ)の花にぞ見とれたり年を重ねてわかることあり

大庭美代子  晩秋のころ、黄色なツワブキの花が庭石の根っこにすっくと立っている。作者はこの花を呆と見ているのであろうか、よく「こころ其処にあらず」という言葉を聞くことがあるが、実際に本人はこの花を見ているのである。...(06/12/02) 全文 >>
 

友に会い学生時代に逆戻り体型変われど変わらぬ声に

井川美千子  一読して納得する短歌である。はてさてこの歌の作者の方の体型はいかがと言いたいところであるが、あい均衡(きんこう)していると思えばよい。何十年振り町中でばったり出会った、頭の上から足先まで観察をした故でもない...(06/12/02) 全文 >>
 

バスルーム、トイレ、キッチン、ベッドの視点それぞれ異なる海も小島も

矢野 五月  この歌を詠みながら、作者はなんと風光明媚な場所に住んでいるのでしょうと感嘆の声を上げていることだろう。瀬戸内の島に一望の海や小島の見える。日本の家はみな四角で長いか短いか、凹凸があるかの違いがあるかの変化で...(06/11/18) 全文 >>
 

ガ島より夫に背負われ帰還せし戦友は墓前に長く動かず

大畑すみえ  作者は尾道市向島町に在住である。いまは亡き夫君は、かつての太平洋戦争中に南太平洋・ソロモン諸島の一孤島のガダルカナル島において、連合軍と死闘を体験した数少ない帰還兵の一人である。その故人の墓前に、戦後数十年...(06/11/04) 全文 >>
 

漢(おとこ)二千七百漬くなかりせば戦艦大和は美しきもの

山崎 勝代  初句は男であってもよいところを、わざわざ難しく漢という文字を使って「おとこ」と読ませてある。ここのねらいは、この場合の男子は普通の男とは違うのだよ、と語気を強めて述べ、戦艦大和と共に特攻兵となって戦場に赴い...(06/10/21) 全文 >>
 

砂文字短歌大会 平成18年大会 前広島歌人協会副会長・高野和子さん講演

砂文字短歌大会 平成18年大会 前広島歌人協会副会長・高野和子さん講演  因島、瀬戸田、弓削、生名、向島などの短歌愛好家が集う砂文字短歌会(池田友幸代表)の平成18年大会が9月30日、因島日立会館で開かれ約30人が参加した。 ...(06/10/07) 全文 >>
 

われの住むこの道筋を尋ねしか、「林芙美子」の初恋なりき

村上 艶子  平成14年に刊行された自歌集「砂浜」に収録されてある一首である。住所は因島田熊町である。歌の意味は放浪の人「林芙美子」さんが初恋の人を尋ねて因島に来た日も、この私の住んでいる家の前を通られたことだろう、と「...(06/10/07) 全文 >>
 

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