川船の襖絵すずしき上の間の羽生名人の次の一手は
掲載号 08年06月21日号
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池田 友幸
すずしいという言葉は、
- ほどよく冷ややか
- きっぱりしている
作中の羽生名人はかって七冠、現在二冠ながら、第六十六期名人戦に挑戦中なことはご存知のとおり。
何によらず、芸事には奥深いものがあって、将棋も人を夢中にさせる何かを持ち、他人の将棋に助言する過ちさえ犯すほどだ。助言が過ぎて頭を叩かれた男が一度家に帰り、鍋を冠って再来した。人は一波乱かと固唾を飲んだが、助言過ぎてのアタマコツンに備えたと分り、座は大いに和んだという落語がある。
話を戻して、作中の「すずしさ」をいえば、達人・羽生名人の爽やかさに焦点を当てたいが、ここでは、故人となられた木村義雄名人対升田幸三八段戦を引きたい。
ノンタイトル戦だが天下の耳目を集めた戦いだった。木村名人の秒読みが始まり、八九十が数え終り、「名人指してください」と記録係の声…、盤側には深い沈黙が訪れた。時間切れの規則で、無敗の名人が敗れているのだ。
升田八段はさりげなく「指してください」と促し将棋は再開、結果は木村名人が勝ったと聞いている。この瞬間、戦後の荒んだ世相に涼風が吹きぬけた。
そして、古来からの伝統のなにがしかが、涼風によって息を吹き返し、勝負事は勝てばよいとする下克上への異議が形となって現れ、今に至っている。よい国に生まれたものだ。
(文・平本雅信)