時代的背景を紡ぐ 本因坊秀策書簡【19】いくつかの美点(その2)

 秀策の書簡を解読していると、父親へは何でも打ち明けている。もっとも、父親宛の手紙は母カメにも見せることを想定していたからでもある。
 例えば、安政6年12月(1859)11日付の手紙に「尊書は妻も拝見致しがり申し候間、万事宜しく候」と秀策の妻(十二世本因坊丈和の娘、花)が見たがるので返事に気をつけて下さい、という一節がある。


 十四世本因坊秀和の跡目秀策は、若年ながら御城碁はもちろん、秀和に代って門下生の指導につとめ、各地を遍歴しては棋道の研究、普及につとめていた。しかし、江戸幕府をゆるがす外国船の出没も頻繁になり内優外患の時を迎えていた。老中のなかには「囲碁の如き技芸の振興は、国情に必ずしも適さない」という考え方もあった。
 こんな時代で、本因坊家の台所も大変だった。幕府の庇護をうけているとはいいながら、幕府自体が転落しつつあったところへ物価高に貨幣価値は下がりインフレとデフレが重なって全国的な不況が襲っていた
 そんな時代の書簡である。

「別紙申し上げ候 此度東灰屋より目貫か小刀か両様の中頼み越し候につき、小刀買取り相送り申し候。右代金拾参両私払い置き灰長より受取り申すべき処、久々御無沙汰仕り候に付、呈上仕り候間灰長より御請取り下さる可く候。明春御状下され候節此儀は書中え御認めこれ無く候でも宜しく御座候。尊書は妻も拝見致したがり申し候間、万事申しあげ候事斗(ばか)りにて宜しく候。東灰屋より御請取の節同人え請取書御渡しなされ右を同人より相届き候様御計り下さる可く候。御手元の悪しき儀は私も存じ奉り居り候得共、私も不都合故御無音多く恐れ入り申し候。御状には成丈け御手元の儀、御申越しこれなき様願ひ上げ候。御手元の悪しき儀は一同存じ居り候得共本因坊も手元宜しからず、厄介も多々、私より送金仕り候儀成る丈け外え知らせ度くこれ無く候間、右の噂(はなし)御含み下さる可く候。」

 この書簡は秀策31歳の時のものである。「別紙申し上げ候」とは別に書いた意味で彼自身が誰にももちろん妻にも内密に書き送った意である。灰屋長右衛門より小刀を頼まれ買取り拾参両支払ってある故、灰長より受取ってほしい。しかしこれは内密である故、礼状は書き下さらぬよう、妻も父上の書は大変読みたがる故、御手元の苦しいこと等、私も充分分って居る事故、出来るだけお書き下さらぬ様、本因坊家も決して手元は宜しくないこと故、私の送金も他へ御もらし下さらぬようにとの意である。
 灰屋長右衛門とは橋本長右衛門のこと、この頃、秀策はこの灰長と橋本吉兵衛に依頼されて、江戸で書画骨とう品、刀剣類等々買集め送っていました。
(庚午一生)

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