57年目の因島のバス 公共交通の維持切実 官民の取組み不可欠

 9月20日は、日本でバス事業が始まった記念日である。明治36年京都市で最初のバスが走った。今年で創業57年目を迎える因の島運輸株式会社の村井敏宏社長に、因島地域のバス路線の現状と課題を聞いた。


 過疎化の農村部だけではなく都市部においても、路線バス廃止の傾向は止まらない。行政の補助金も限界に達しつつある。
 他方、環境問題の深刻化やガソリン高騰のなかで陸上公共交通手段の再評価の動きも始まっている。都市部においては、通勤時のマイカー使用の減少傾向が見られるようになった。
民間に依拠したバス交通の開始
 因島地域のバス交通網は尾道市や三原市と異なり民間企業によって整理されていった。バス運行の開始は因島市発足の1年前の昭和27年のことである。当時の交通手段は船舶が中心で、島内各村落、島嶼部、尾道市、三原市とは、巡航船で往来していた。
 経営がうまくいくか危ぶむ声が聞こえるなか、順調に業績を伸ばし、昭和46年にピークに達した。
 全盛期の輸送人員は581万1147人、走行距離84万3090キロであった。現状はどうか。平成19年度島内路線の実績は、輸送人員が47万1864人でピーク時の8.1%。走行距離は48万2147キロでピーク時の57.2%になった。
 注目すべきは、輸送人員の激減にもかかわらず走行距離はさほど減少していないことである。利用者が10分の1以下に減っても、10分の6にしか減らない走行距離を維持しているのである。
 バス事業は、たとえ経営が民間企業であっても、地域住民の移動手段としての強い公共性を有している。バスにかわる公共交通手段を一切持たない因島地域では、なおさらそうである。経営環境の悪化を理由にした撤退は容易ではない。
 そうしたなかで当該企業は、行政の補助金を受けつつ、島内路線の赤字を島外路線、観光などでカバーしてきた。
 平成14年の規制緩和を契機に、優良路線への新規参入が相次ぎ、経営構造を脅かしてきた。しかし、安全走行と従業員の健康管理問題はおろそかにできない。
 燃料費の高騰も経営を直撃した。最小限の減便もせざるをえなくなった。
 島内路線は生活路線である。マイカーを使えない「交通弱者」と呼ばれる高齢者、障害者、通院者、通学生などにとっては、なくてはならない。
 深刻化する地球環境問題やガソリン高騰のなかで、別の観点から陸上公共交通機関の価値が見直されつつある。
 バス路線の維持の必要性を明確にし、それを前提に企業、行政、住民の3者一体となったまちづくりが求められていると言える。

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