神社本庁から離脱した東京・渋谷の明治神宮


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終戦記念日を控えた2004年8月2日のこと。明治神宮が神社本庁の傘下から離脱するという事態がおきた。20数年前「こういうことがおきる」と予言、神社本庁の在り方を嘆かれていた桑原八千夫先生の言葉が昨日のように思い出された。同本庁は昭和21年(1946年)国家神道廃止に伴い設立した宗教団体で、全国の神社の大半を組織して運営してきた。しかし、その活動やリーダーシップに対する不満の声は少なくなく存在価値がとわれていた。このため同本庁の反省をうながす意図もあって桑原先生はとっくに離脱されていた。明治神宮のような元官幣大社の離脱によって神社本庁が改革に寝覚めるきっかけになれば、故桑原先生の先見の明が浮ばれることになる。

明治神宮の離脱の理由は、いろいろあるらしい。今回の直接の理由は、今年4月に天皇、皇后両陛下が明治神宮を訪れになった「参拝式」の案内状。「両陛下」の案内状が「両殿下」と表記する誤りがあった。本庁側は、その誤りについて宮司の進退伺提出を要求したが神宮側はこれに応じなかった。そして五月に責任役員会を開いて「時代に即応した将来の運営を考え、神社本庁を離脱独立して活動しよう」という結論になった。どうやら「参拝式」の案内状誤り問題だけが理由ではないらしい。

毎年のことながら、この季節になると、敗戦後さま変わりした国家神道、なかでも靖国神社参拝問題がとやかくマスコミ間で浮上してくる。今夏は中国で開かれたサッカーのアジア・カップの反日応援の背景もあって対中関係に影を落した。靖国問題については、A級戦犯、なかでも「東條英樹」の合祀についての先生の意見は否定的であった。

広島の平和記念式典で読みあげる秋葉忠利市長の平和宣言にも仏教会からクレームがついた。米国政府を批判する「唯我独尊主義」の言葉を盛り込むのは「誤用」というわけ。浄土真宗本願寺派安芸教区(池谷亮真教務所長)は「唯我独尊」は本来、すべてにおいて尊くない命はない―として釈迦が説いた「天上天下唯我独尊」という言葉であり、一国覇権主義などのほかに適当な言葉があるはず。平和宣言であえて使うべき言葉でない―と撤回を求めた。これに対し、広島市の担当課長は「唯我独尊は、独り善がりという意味で社会的に広く使われており、辞書にも解釈されている」と反論しているが、この回答に再考を求めるメールが数多く寄せられ真夏の祭典に火をあおった。

(庚午一生)