福島放射能汚染地域に生きる子どもたち【7】

 チェルノブイリでも分かりますように、放射能汚染は、距離とかは無関係に影響を与えます。所が30㎞だ、何㎞だと線引きをしていくのです。線引きをされると、30㎞と31㎞32㎞はどう違うのか、福島と東京ではどちらが安全なのか、そう言ったことを考えるのです。しかし、放射能は距離によって安全、危険度が決まる訳ではないのですから、そういう線引きをして、ここまでは安全と言ってよいのでしょうか、変ですね。


 15日、この日は雨、支援のために外に行く人や、水汲みに行く人々もいまして、両手に容器を持って、傘もささずに濡れながら水汲みをする人もいました。その水も雨が入り込み、放射能に汚染されていたのではないかと思います。高い空間線量だと知らないで、私たちは雨の中で水汲みの順番を待ち、雨に混じって放射能が入った水を汲んで飲んでいた可能性があります。その時は外部被曝の不安を抱えつつ給水に行ったのです。水はどうしても必要ですからね。
 16日、政府は会見で「ただちに人体に影響を及ぼす数値ではない」と言っていました。このような会見を聞いていると、本当に人を大切にしない人々が政治をしているなと感じました。この原発のシビアアクシデント被災地域に生きている人々のことを真剣に考えていない言葉だなと思いますし、自分たちが現場から遠い安全な所にいて語る言葉の意味のなさ、空虚さを強く感じると共に、見捨てられていると言う淋しい感じと言うかもう少ししっかりしろよと言う感じがしました。
 私はこの日、避難することを決めまして、夜遅く家族と共に茨城県北部に移動し、その後、茨城県南部、横浜へと移動しました。教師たちも既に千葉や神奈川に避難していました。
私達も避難民になるとは
 車で走るのですが対向車もいない追随車もいない、真っ暗な夜を自分の運転する車だけが走るのです。道は地震でガタガタなので、飛ばすと車が飛び上がって、ドンと落ちるのです。殆どの人が避難した後ですから、今残っているのは、ガソリンがない人たちか仕事等で避難することの出来ない人だけです。私の車には半分程のガソリンがありましたが、万、止むを得ず避難することとしました。持ち物は大きな避難用のカバンとリュックサックです。ショーウィンドウに映った自分の姿を見たときに、テレビで時々見ていた避難者にこの自分がなってしまったなと思いました。この避難で、5日振りに風呂に入りましたので、嬉しく思いましたね。
土屋修二(瀬戸田バプテスト教会牧師・博愛幼稚園園長)

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