因島石切神社 取壊しへ 石の鳥居を解体撤去

幕末に活躍した天才棋士本因坊秀策(1829~62年)ゆかりの因島石切神社(石切風切宮)=因島外浦町=が8月22日、神恩感謝の集いを開催した。

第二代目宮司・桒原利恵さんが昨年7月死去し、後継者宮司が存在しないことにより運営は困難であるということで、3月宗教法人解散を決議し、8月22日抜魂祭を執行し、神社としての役目を終えた。

9月19日には、宝塚市にある熊野神社で遷霊祭が行われる。今後は、初代宮司桒原八千夫さんの孫にあたる左尾(さび)隆浩さん(宝塚市在住)が管理することになった。

神社建屋解体工事は9月予定。それに先立って9月10日正面にある石の鳥居の解体撤去工事が行われた。朝8時から午後5時過ぎまでの大工事となった。(有)村田建設・たかた石材、そして香川県から神社仏閣専門の(有)村川石材が工事をすすめた。

撤去した石の鳥居は、因島三庄町にある八雲神社(通称明神さん)に建立される予定という。

鳥居が撤去された石切神社。9月11日朝撮影。天候は雨だった。

【石切神社歴史】

  • 昭和28(1953)年「神人教」「尼崎石切宮」法人登記。
  • 昭和56(1981)年 因島外浦町に移転。
  • 平成5(1993)年 初代宮司・桒原八千夫さん死去。
  • 平成15(2003)年 ヒカルの碁原作者ほったゆみさん来宮
  • 令和元(2019)年7月 第二代宮司・桒原利恵さん死去。

神社境内には、大正時代に建てられた大きな本因坊秀策顕彰碑がある。近くには本因坊秀策記念館もあり秀策の遺品が数多く展示されている。

本因坊秀策顕彰碑。台座が囲碁の碁盤を模している。

初代宮司・桒原八千夫さん。幕末の囲碁棋士・本因坊秀策は大叔父にあたる。

㊧二代目利恵宮司(初代の妻)。写真は2008年本因坊秀策囲碁記念館開館イベントにて。㊨は大竹英雄名誉碁聖。

平成9(1997)年 45周年記念大祭の動画(制作・中央電器)

2003年6月ほったゆみさん来宮

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