【卒業論文】ミュージシャンと故郷の繋がり「ポルノグラフィティと因島」(6)

しかしメンバーには、うれしい半面、「一発屋になってしまわないか」「デビュー曲のイメージがずっとついて回るのではないか」と不安もあったようだ。その不安は、『アポロ』を超えるセールスとなった3rdシングル『ミュージック・アワー』で払拭された。その後も『サウダージ』、『アゲハ蝶』などのヒット曲を出し、2000年にはNHK紅白歌合戦に初出場し、現在まで毎年出演し続けている。

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そんな中、2004年6月に白玉さんがポルノグラフィティからの脱退を表明し、ソロ活動に転向する事となった。

その後はメンバーを変更する事なく、現在に至るまで2人で活動している。ほぼ毎年全国ツアーを行っているライブが活動の中心となり、CDはシングル34枚、アルバム8枚、ベストアルバム4枚をリリースしている。(2011年1月現在)

第二章 故郷に向けての活動

ポルノグラフィティは地元・因島に深い思い入れを持っており、彼らの音楽活動の至る所で地元愛が表れている。例えば、テレビ番組のトークやライブのMCでは、彼らは常に広島弁を使っている。「わし」という一人称から始まり「~じゃけえ」「~のぅ」など、所々に現れる広島弁はとても印象的である。

第二章では、ポルノグラフィティの活動の中から因島にまつわるものを取り上げ、それに対する人々の反応について述べる。

第一節 因島にまつわる歌詞

ポルノグラフィティの楽曲には、因島にまつわる歌詞が登場するものがいくつかある。まず第一節で、因島関連の歌詞が含まれる楽曲を紹介する。『Jazz up』(2000年3月8日発売のアルバム『ロマンチスト・エゴイスト』収録)作詞:ハルイチ、作曲:シラタマ
「土生港から海ぞいの道を 初恋を乗せてペダル踏んでた」→作詞者新藤さんの出身である因島土生町にある港=写真上=が土生港だ。こ の 歌詞に出てくる「海ぞいの道」が具体的にどの辺りを指すかは分からないが、土生港から海ぞいに北へ向かうとしばらくの間左手に海が開けて見えるので、とても気持ちのいい場所である。

名古屋市立大学人文社会学部国際文化学科 長神有紗(阪井ゼミ卒論文集より)

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