ふるさとの史跡をたずねて【164】中庄村四国八十八ケ所(因島中庄町)
中庄村四国八十八ケ所(因島中庄町)
因島中庄町にある中庄村四国八十八ケ所は入川橋のところに1番と88番がある。65年ほど前に何度か祖母に連れられて、そこにあった宮地医院へ行ったことがあるが、見てはいない。重井の一本松から浜床まで家は一軒もなく、ため池が点々とあったのを覚えている。そのため池は、因島北インターの入り口とひだまりの下には今も残っている。鴨が泳いでいたひょうたん池はゲートボール場などになった。片刈池と表示されているが古い地図ではひょうたん形に描かれているので、ひょうたん池とも呼ばれていたのだろう。狭い道を時々ボンネットバスが砂埃をあげて走っていた。すなわちアスファルトで舗装されていない道路は道路と呼ばない時代が来るのは、その頃よりもずっとずっと後の時代なのだ。村四国もそんな道端に雑草に取り囲まれてあった。蛇やムカデはもちろん、ヤモリが棲んでいたお堂もあっただろう。我々が知っているセメントで囲まれたり、固定されるようになるのは、村四国の歴史の中では長くはない。
島四国が作られた明治45年の頃も、もちろんセメントで固定などされていなかっただろう。だから新しく建てられた島四国のお堂に、近くの村四国が取り込まれるのは容易なことだった。もちろんそれは村四国の存在そのものが忘れられていた証拠でもあろう。とにかくお堂だけでも建てて、内部のことは追々…と考えるのが自然だ。そういう状況に村四国は、誠に好都合だった。また、雨ざらしのものをお堂の中に納めてあげたという善意もあったことだろう。かくして、村四国は島四国によって破壊された。反面、時代とともに道路改修等で行き場を失った村四国にとっては、島四国の中に置いておけば保存されるという気運も生じた。かくして島四国は村四国に対して破壊と保存という両方の役割を果たした。同時に大師信仰は村四国から島四国へ変わった。これは中庄町に限らず他の地域でも同じだった。
中庄町黒松の若八幡社(祇園さん)の境内にある島四国13番大日寺には村四国の56番泰山寺と57番栄福寺が保存されている=写真。
(写真・文 柏原林造)
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