北米紙幣になった日本女性 因島出身キミコオカノムラカミ 激動の時代乗り越えた移民家族【20】


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終章(二)

2006年、トロントの映画製作者スーザンポイズナー氏は、北米大陸のカナダの歴史がイギリス人とフランス人の話のみで語ることができるという神話を払拭するためのドキュメンタリー「マザータン(母国語)」の試みであった。そこでカナダの多民族コミュニティから賛美されなかったヒロインたちの話にスポットを当てた意図がうかがえる。


彼女は言う。「私はこの話がとても気に入った。なぜなら、それは一つの決意―非常に厳しい逆境に直面したとき、屈服したくないと思う気持ち―の話だったから」と。さらに「私にとって、キミコ・ムラカミはマザータンシリーズのヒロインたちのあらすじをまとめたような存在。彼女は何が正しいかよく解っていて、目標に達するまで決してあきらめようとしなかった。自分自身の勇敢さで家族全員を奮起させ、この映画を見、これから困難に立ち向おうとしている人たちまでも奮起させるでしょう」とコメントしている。

明治時代に入ってから広島県民の移民が急増、日本国内では北海道に「ひろしま市」ができるほどで開拓精神旺盛な県民性がうかがえる。なかでも島しょ部の農家は耕作地が少ないことから新天地を求めハワイ、カナダ、ブラジルなどの出稼ぎで成功して帰国した「アメリカ屋」という屋号を名乗る家が各町村にあることも珍しくない。

こうした人たちが反日を掲げる欧米で明治―大正―昭和の時代を駆け抜けた海外移民の苦難の道を「キミコ」を通じて知ることができたことに感謝します。

資料を提供して下さった東京都世田谷区の日立造船OB塩路憲雄(のりお)さん。翻訳に協力戴きました尾道市秘書課国際交流員森田さん、ロンドン在住森本りゅうさん。地元資料(写真・戸籍など)提供に協力戴いたキミコの夫村上勝頼(かつより)の本家筋に当たる元因島市会議長村上安弘さん。キミコの本籍筋の市教委原山由香里さん。因島文化協会会長岡野巧三さんほか関係者の情報提供に感謝し、因島の田熊と重井両町民の誇りとして"灯台下暗し"にならずにすんだことを読者と供に享受したいと思います。(完)

(庚午一生)