ふるさとの史跡をたずねて【75】竹島城跡(上島町生名)

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竹島城跡(上島町生名)

因島総合支所沖合に浮かぶ亀島=写真上=は生名島の属島である。字亀島乙664番地であるが竹島とも呼ばれる。竹島というのは、矢に適した竹があったからだという説もある。釣島箱崎浦の戦いの釣島が鶴島と呼ばれるようになって後、こちらが亀島と呼ばれるようになったのではないかと想像する。

その亀島は因島村上氏の城跡で竹島城跡と呼ばれている。岩城八幡山城主、因島の島前城主でもあった村上直吉が支配していた。岩城八幡山城は岩城亀山城とも呼ばれるので、ここを亀島と呼ぶようになったのなら、その後に釣島が鶴島と呼ばれるようになったということもあり得るだろう。

村上直吉は田熊村上氏の祖となった人で、天文18年(1549)に田熊八幡神社を創建した。田熊八幡神社は亀甲山八幡宮と称され、その参道の延長線上に亀島があるのだから、やはり、亀島が先で、それにあわせて鶴島と呼ぶようになったと考える方がよいのだろうか。

頻出する亀の字と関係があるのかどうかはわからないが、村上直吉は水泳の達人だったと伝わっている。

亀島の南には浅いところがあるのか岩がいつも見えている=写真下。重ね岩と呼ばれているから、周辺の岩を積み上げたものか。小さな祠もあるようだ。

(写真・文 柏原林造)